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Good Professor

広瀬 茂久

広瀬 茂久 教授
東京工業大学
生命理工学研究科

広瀬 茂久(ひろせ・しげひさ)教授 1947年富山県生まれ。70年東京工業大学理学部化学科卒。75年同大学大学院理工学研究科化学専攻博士課程修了。75年日本学術振興会奨励研究員。 76年米バンダービルト大学医学部研究員。80年筑波大学応用生物化学系講師。84年同大学遺伝子実験センター助教授。85年東京工業大学理学部化学科教授。90年より現職。

主な著作に『生命化学3』(丸善)『新しい血圧調節因子ANPの作用機構の解明』『セメントインによるタンパク質の糊付け技術の確立』(ともに東京工業大学)などがある。

ウナギの特殊な生態を世界で初めて解明

広瀬研究室のある東工大B2棟建物
広瀬研究室のある東工大B2棟建物

東京工業大学の生命理工学部は、世界に類例のない唯一同大学だけの学部だという。同学部の立ち上げから携わったという広瀬茂久教授に、どんな学部なのか話してもらった。

「東京工業大学の特徴である工学、さらに理学のバイオテクノロジーを融合させて、バイオの基礎から工学的応用までを研究する学部です。学部開設から15年になりまして、バイオセンサーや酵素工学などにめざましい成果を得て、世界で唯一の学部ということもあって、社会的・世界的に非常に注目されています」

現在、同学部では医学系バイオのスタッフの充実が図られていて、今後はそちらの分野への領域拡大も視野に入れていると語る。この学部にあって、広瀬先生の専門は「情報生物学」である。「ヒトを含めた多細胞生物は、多くの細胞を調和した状態で動かしています。これは、細胞同士がコミュニケーションをして情報のやり取りをしているからです。私の研究テーマは、その情報処理の仕組みを分子生物学的に解明することになります」

先生はこれを特殊な機能を発達させた生物に着目して研究している。たとえば、淡水でも海水でも生息できるウナギがその一例だ。

「海水の浸透圧はウナギの生理食塩水の3倍もあり、逆に淡水は非常に低い。ウナギはそのどちらでも生息可能で、人間から見たら驚異的な超能力の世界になります。私はこれに遺伝子工学を用いて、ウナギには海水と淡水それぞれで生息できる細胞遺伝子が組み込まれていることを突き止めました」

それまでの生物学的探求では解明できなかったものを広瀬先生は分子生物学の切り口で解いたのである。世界初の解明になった。

研究とは“差”を見ること

東京工業大学すずかけ台キャンパスの全景
東京工業大学すずかけ台キャンパスの全景

さらに硫酸酸性湖に生息するウグイの生態解明も、世界初の快挙になった。

「青森県の恐山には水素イオン濃度が通常の1000倍のpH3.5という酸性湖があって、ここにコイ科のウグイが生息しています。このウグイはふだんは酸性湖に住んでいますが、産卵のときだけ中性に移動します。その2つの"差"を解析することで、体内を中性に保つための分子装置がエラに備わっていることが分かりました」

この研究は東京大学の生理学研究の金子豊二教授との共同研究であったが、ウグイのなぞを解明したのは広瀬先生の分子生物学的手法によった。研究論文は米国の出版社のWebサイトから公開されたが、世界中の学者の関心を呼んでアクセス件数は常にトップ10を保ったという。そして、広瀬先生はこんな話もしてくれた。

「魚が海水に生息する理由はすでに解明されています。しかし、淡水で生息できる理由はまだ解明されていません。また、ヒトの脳は頭蓋骨で傷つかないように周りを脳脊髄液で覆ってクッションにしています。この脳脊髄液はpH処理されて中性が保たれていますが、その仕組みもまだ解明されていないのです。実はこの2つのなぞについて、私たちのウグイの研究から解明への手がかりが得られそうで、ともに06年までには何とか発表できそうです」

生物学的あるいは生理学的に解けなかった重要な事象が広瀬先生の手で解明され、間もなく発表されるというのだ。非常に誠実で実直な人柄の先生だが、こと研究に関しては旺盛な野心の持ち主であるようだ。その先生の研究の要点については次のように語る。

「専門の研究者でも案外気づいていないんですが、研究とは"差"を見ることなのです。たとえば医学で病気を研究するには、健常な人と病気の人をくらべ、そこにできる差によって病気について理解できるわけです。私たちのウナギやウグイの研究でも、淡水と海水あるいは酸性と中性における差を調べることで、解明への手がかりが掴めたわけです」

うまく差が見られるような系につくること、それが研究を成功に導く秘訣というわけだ。

グループ研究を進めるカギは「段取り」

キャンパス内の案内指標。R地区とはバイオ地区を示す。
キャンパス内の案内指標。R地区とはバイオ地区を示す。

東京工業大学生命理工学部では、学部学生は4年次になると各教員の研究室に配属され、そこで1年間かけて卒業研究に励む。広瀬研究室に配属になる学生は例年2~3人ほどだ。

「私の研究室では大学院生が常に3~4のグループに分かれて研究を進めています。学部4年次の学生は、そうしたグループに別々に入り、先輩に習って研究テクニックを身につけ、そのうえで卒業研究のテーマを決めて取り組んでもらいます」

先生は研究を進めるうえで重要ことは次の2つだと語る。

「まず、"段取り"ですね。研究の展開を読みながら、今日中にする事あるいは今月中にすることを考えて、欠落のない段取りをすることが重要です。それに私の研究室では、すべてがグループ研究で個人研究は原則ありません。研究を1人でやっていますと緊張感を欠き、"今日は午後からでいいか"ということになりかねません。それがグループですと、ほかのみんなが朝から出ているのに自分だけ午後から出るわけにはいきません。おのずから緊張感が保たれて、研究の進展も促進されことになります」

広瀬先生のこうした考え方は、子どものころに手伝った農作業から学んだものだそうだ。農村に伝わる農作業の知恵が最先端の化学研究の場でも通用し、しかも世界的な成果につながっているのである。さて紙数が尽きてきたが、広瀬先生が「法輪功の難民申請者支援会」の代表を務めていることにも触れておこう。法輪功というのは中国最大の気功のグループで、そのメンバーが中国当局から著しい人権侵害を受けているといわれる。広瀬先生がかつて中国で教育指導をしたとき、そのアシスタントについてくれた女性も法輪功のメンバーで、やはりひどい人権侵害を受けていることを知って、支援の会を立ち上げたものだ。

「イデオロギー等には関係なく、純粋に人道的見地からの運動です」と広瀬先生。いかにも実直な先生らしい逸話でもあろう。

こんな生徒に来てほしい

高校生までの勉強はカーナビが装備された車を運転している状態だといえます。大学生になると、カーナビが装備されていない車を運転することになります。それを認識して自分から学ぶ努力が必要になります。また私自身の経験から申しますと、大学では先生の人生を学んだ気がします。日本の大学の教育環境というのは大学間でそれほどの差はありません。大学の価値というのは在籍している先生の価値なのです。ですから、大学では先生の経験をいかに共有できるのかが重要になります。

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