- 高木 利久 教授
- 東京大学
大学院 新領域創成科学研究科 情報生命科学専攻 たかぎ・としひさ
1954年富山県生まれ。76年東京大学工学部計数工学科卒。77年九州大学工学部助手。86年工学博士(九州大学)。88年同大学情報処理教育センター助教授。92年東京大学医科学研究所助教授。94年同教授。03年より現職。
おもな著作は『ゲノム情報生物学』(中山書店)『東京大学バイオインフォマティクス集中講義』(羊土社)『統計物理学から学ぶバイオインフォマティクス』(訳書・共立出版)など(著作はいずれも共著あるいは共訳)。
「ポストゲノム」研究のトップリーダー

- 高木研究室のある「細胞シミュレーション棟」
2000年にオープンした東京大学柏キャンパス(千葉県柏市)は、宇宙線研究所と物性研究所それに大学院新領域創成科学研究科の3つからなる最も新しい東大キャンパスである。このうち大学院新領域創成科学研究科は、従来個別に研究されてきた学問分野を融合させ、新しい領域について研究・教育する独立大学院だ。今回登場願う高木利久教授は、同研究科情報生命科学専攻で教える先生。まず、同専攻について説明してもらおう。
「ここでは、バイオインフォマティクス(生物情報学)という新しい分野の研究と教育をしています。つまり、生命科学についての課題をコンピュータを使って解明しようという分野になります。生物学とか生命科学といいますと白衣を着て試験管で実験をしているイメージになるのでしょうが、ここではそれらに代わって、コンピュータを駆使した解析が主になります」
03年にヒトゲノムの配列解析が終わり、いま"ポストゲノム"の時代に入ったといわれる。まさに、それこそが研究の大きなテーマとなる。
「約30億に及ぶヒトゲノムの解析を終えましたが、ゲノムは家や車のような見てわかる設計図ではありませんから、それを眺めていても完成された姿は見えてきません。ゲノムの配列解析が終わったといっても、生命体にはどんな部品(タンパク質や遺伝子)が使われているのかが分かったに過ぎないのです」
「ポストゲノムにおいては、生命体のなかで起こっていることの解明、どんなタンパク質や遺伝子がどのように組み合わさってどんな働きをしているのかをコンピュータを使って解明していくことになります。小さな機能の仕組みから複雑な生命現象の背後にある大きな遺伝子ネットワークの全貌まで論理的なつながりを探っていくことになります」
生命をデジタル再構築する「e-バイオロジー」とは?

- 東京大学柏キャンパスの正門アプローチ
ポストゲノムの課題解明に邁進する高木先生は、日本国内というより世界のトップリーダーともくされている。コンピュータに通じた工学博士であると同時に、生命科学にも精通するという稀有な地歩を築いてきた。まさにポストゲノムは、先生に頼むところ大なのだ。
「これまでに世界中で発表された生物学や医学関係の論文は一千数百万件に及ぶといわれます。いま私が取り組んでいることのひとつに、それらの論文に書かれている知識のすべてをコンピュータに読み取らせるという作業があります。これにゲノム解析で解明された知識を加えてやることで、生命現象のなぞに迫れるとも考えています」
そして「生命とは何か」に迫りつつ、最終的にコンピュータのなかに「生命」を再構築してシミュレーションする「e-バイオロジー」(仮称)をめざしたいとする。その壮大な研究はいま緒についたところだ。
「言語から読み解くゲノムの生命システム」21世紀COEとは

- 冬のある日の東大柏キャンパス全景
高木先生はまた、東京大学28拠点で展開されている「21世紀COEプログラム」のひとつ「言語から読み解くゲノムと生命システム」の拠点リーダーも務める。COEプログラムというのは文部科学省が国際的に卓越した大学の研究拠点を助成する制度で、高木先生の拠点プロジェクトは04年度秋からスタートした。ここではゲノムの解明を通して生命とは何かに迫るという高木先生の従来からの命題が踏襲されているが、このプロジェクトが特に着目しているのは「言語」から読み解くという点だという。
「ゲノムはA・T・G・Cの4文字からなる配列で表現されていまして、これもひとつの言語ともいえます。そのゲノムに潜む言語的なものを明らかにするのが第1点。それに先ほども述べましたが、過去さまざまな言語表現で書かれた生物学の膨大な論文をすべてコンピュータに読み取らせてデータ化するのが第2点。この2点の言語データをコンピュータ上で解析していきますが、そのコンピュータプログラムもまた言語ということになります」
では、これをどういう言語で入力すれば生命の全体像が誰にでも理解できるものになるのか――それこそがプロジェクトの研究テーマということになるという。走り始めたばかりの研究プロジェクトだが、当面5年をめどに一定の成果を得たいとする。
コンピュータと生命科学に精通する研究者を育てたい
一方COEプログラムには若手研究者の育成という課題もあり、そちらにも心を砕きたいと語る。コンピュータと生命科学に精通した研究者の育成、つまり高木先生に続く研究者を育てるというわけだ。
高木先生は大学院所属の教授で、学部の講義やゼミ演習は担当していない。そのため現在の高木研究室に在籍しているのは、大学院修士・博士課程を履修する院生と企業や外部プロジェクトからの出向研究者たちだ。その指導で心掛けていることについては次のように語る。
「自立して考えられる人を育てたいと思っています。それには、自分の研究テーマは自分で見つけることですね。与えられたテーマを研究しているようでは伸びません。自分でテーマを見つけ出すことによって、その研究の意義や効果を論理的に捉えることができるわけですから」
さて、この記事の冒頭で新領域創成科学研究科は独立大学院であると書いたが、現在東京大学では情報生命科学専攻に対応する学科の設置を急いでいる。その準備の中心になっているのも高木先生で、06年4月までに理学部内開設をめどに準備中だという(ただし、まだ確定はしていない)。
「これまで生命のなぞについてアプローチしようとしても、タンパク質や遺伝子などの部品について調べるのがせいぜいでした。それがゲノムが解読されたことで、生命の全体像を見ることも可能になってきました。この分野を研究する醍醐味を味わうのはこれからですから、いま高校生の諸君には良い時代だと思いますよ」高木先生は後に続く若者を求めている――
こんな生徒に来てほしい
いま世の中は学際的な方向で進んでいます。ですから、「生物だけ」「物理だけ」「コンピュータだけ」を学べば良いという時代ではなくなっています。ひとつの専門だけを10年・20年と続けるのは困難な時代だという認識が必要です。頭と心を柔らかくして、学際的に学ぶことを考えてほしいですね。

