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Good Professor

立石 博高

立石 博高 教授
東京外国語大学
外国語学部 欧米第二課程スペイン語専攻

立石 博高(たていし・ひろたか)教授 1951年生まれ。76年東京外国語大学外国語学部スペイン語科卒。80年東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。主な著書は『国民国家と帝国』(共編著・山川出版社)『スペイン歴史散歩』(行路社)『スペインにおける国家と地域』(共編著・国際書院)『スペイン・ポルトガル史』(編著・山川出版社)など。

世界中の人々と共生するための外国語習得・地域研究

晴天にめぐまれた東京外語大キャンパス中央広場
晴天にめぐまれた東京外語大キャンパス中央広場
初夏のある日の東京外国語大学府中キャンパス
初夏のある日の東京外国語大学府中キャンパス

フラメンコ・闘牛・地中海・サッカー・シエスタ……。スペインと聞いて、現役高校生諸君はまず何を思い浮かべるだろう?

地図でみればイベリア半島の大部分をしめ、ヨーロッパの南西端に位置する国スペイン。東京外国語大学教授の立石博高先生がはじめてその地に立ったのは1971年の「若き日」のことだ。

東京外大スペイン語科に立石先生が入学した69年は学生運動ロックアウト全盛のころ。高度経済成長期の真っただ中で日本社会全体に矛盾の嵐が吹き荒れていると感じた先生は、自分自身を見つめ直したいという切なる想いから私費留学でマドリード大学に学ぶことを決める。フランコ将軍の独裁政権下のマドリード大学「外国人コース」でスペイン語を学びながら、観光ガイドのアルバイトで生活費を稼ぐこともあった。当時、さまざまな人々と出会いスペイン語を話すこと自体が楽しかったという。

その「青春の日々」のなか、日本にいては見えない「スペインの実像」が次第に見えてくる。闘牛場には何度も足を運んだが、闘牛やフラメンコというのは観光収入をねらった特別な「見せ物」にすぎないことを思い知る。フラメンコは南部アンダルシア地方の限られた人々の民族舞踊であり、全国的なものではない。外国人向けにエキゾチックなスペインを演出して売り出そうとするフランコ独裁政権の政治的意図がそこにはあった。

「もちろん高校生のころからスペイン語が国連公用語であって中南米でひろく使われている言語だということは知っていました。でも、それほど深い興味があったわけではないのです。とくにスペイン語にというよりは、漠然と言葉とそれを話す人々に対して興味があったといったほうがいいでしょうか」

しかし実際にスペインで生活しているうちに、スペインそのものをもっと知りたいという気持ちが先生のなかで大きくなってくる。1年間の私費留学のあと日本に戻った先生は、73年からさらに2年のあいだ外務省派遣員制度によって在スペイン日本大使館で事務スタッフとして働きつつマドリード大学に聴講生として学ぶ。学部生としての大学在学は都合7年間に及んだが、うち3年間をスペインで過ごしたことになる。

ヨーロッパ語全体のなかでのスペイン語とは

外国語系学生のあこがれ東京外語大の正門
外国語系学生のあこがれ東京外語大の正門

「ブラジルを除く中南米の国々でスペイン語が広く話されていることはよく知られています。アメリカ合州国にもスペイン語を話すヒスパニックが約3000万人いると言われています。世界の20数ヵ国で話されていますから、スペイン語を習得すればそれだけ多くの国の人々と話せるようになるわけです」

母国スペインから遠く離れた中南米の国々でスペイン語がひろく話されていること、さらにそれらの国々で話されているスペイン語が東京に住む私たちが聞く東北地方のお年寄りの方言ほどにもスペイン本国のスペイン語と違わないこと――これは考えてみれば不思議なことだ。歴史への興味が喚起されるゆえんである。

「そもそもスペイン語はいわゆるロマンス語という言語系統に属します。ローマ帝国の共通言語として話されていたラテン語が地域的に拡大するなか、以前からその地の人々が話していたことばと交じり合っていきます。フランス語やポルトガル語・ルーマニア語などがスペイン語とよく似ているのは、元が同じラテン語だからです。ただ基本的に同じラテン語の文法構造をとっていても、発音や語彙はそれぞれの現地語との融合の仕方で変化し、またその後の発展の仕方で違ってくるわけです」

外語大といえば言語教育ばかりがクローズアップされがちだが、言語を通じたその地域の政治・経済・社会・文化についての研究が東京外語大の伝統的な特色である。とくに3・4年次では「言語・情報コース」「総合文化コース」「地域・国際コース」に分かれて、言語をベースにしてさまざまな学問分野に挑む。

「地域・国際コース」でヨーロッパ地域研究(スペイン歴史=地域研究)を学ぶ立石先生のゼミ演習では、スペイン全体の歴史とともにスペイン国内の諸言語地域の変遷を学んでいく。諸言語地域といってもそれぞれが独立した歴史をもつのではなく、地方言語が抑圧されていたフランコ独裁時代、その後に地方言語が再び受け入れられるようになる経緯など、地域と国家の間の歴史的・社会的な関係抜きには語れない。

「近隣のフランスやドイツなどと比べてもスペインは多言語の社会です。スペイン国内でカスティーリャ語がひろまって国家の共通語スペイン語となっていく過程で、それ以前から国内にあった地方言語のカタルーニャ語・バスク語・ガリシア語などの諸言語地域との間にどのような緊張関係が生まれたのか、またスペイン語を国家語とするスペインという国民国家の形成にそうしたことがどのように影響したのかということを研究しています」

先住民たるアイヌや沖縄など少数諸民族の文化を知らずして「日本の文化」全体を理解することができないのと同じようなことなのだろう。立石ゼミ生のなかには、カタルーニャをはじめとする少数民族のフォークソングがスペイン全体の社会・歴史の中でどのような意味を持つのかといったユニークな研究に取り組む者もいるという。

スペイン語の文章をより正確に読み解くために

学食・売店もある大学会館は学生たちの憩いの場
学食・売店もある大学会館は学生たちの憩いの場

外語大で学ぼうとする者は26ある専攻語から主専攻語(なかにはビルマ=ミャンマー語やウルドゥー語といったものも)を入学願書出願時に選択する。合格すると1・2年次で専攻語の会話や文法・講読の基礎を徹底的に学ぶ。会話の授業では少人数制がとられ、もちろんネイティブの講師に習う。さらに興味がおもむけば副専攻語として複数の外国語を学ぶこともできる。

立石先生の担当する3・4年次のゼミではスペインの歴史=地域研究を進めながら、スペイン語もより深く学んでいく。語学力はもちろん重視されるが、ここでは話す能力よりも、より正確に文意を理解できるよう読み解くことについて厳しく指導がなされる。

会話重視の言語教育――一見これは一般受けするスローガンだが、日常会話のレベルに留まっていては多義的なことばを正確に理解することなどできない。新聞・専門誌や論文などを読んでいく段階になると、全体的なコンテクスト(文脈)のなかで正しく意味をとらえる能力が間違いなく必要になってくるのだ。

「たとえば『ポピュラー』という単語ひとつを取り上げても、どのようなコンテクストの中で使われるかによって意味は変わってきます。スペイン語の文章で『ポプラール(ポピュラー)』(popular)という単語が出てきたとしましょう。それには『人気がある』という意味も、『民衆の』という意味も、さらには『人民の』という意味もあります。単語ひとつをコンテクストの中でどう捉えるかということでまったく文意が異なってしまうわけです」

そして翻訳にあたって決定的な決め手となるのが、それぞれの母語(私たちにとっては日本語)がしっかり習得できているかどうか――そう立石先生は強調する。

「だれでも外国へ行って現地のことばを話す必要に迫られれば、それなりに話すくらいにはなるでしょう。しかし、それだけでは文章を正確に読み込んで母語に翻訳したりすることは困難です。自らの思考の柱となる母語がしっかりしていないと正確な翻訳などできません。だから『日本語をもっと勉強しろ』とふだんから学生たちに言っているんです」

最後に、外国語系へ進学を希望する現役高校生諸君のために立石先生の好きなことばを贈ろう。スペイン語とスペイン地域研究を通じて自分自身をそして世界を見つめ続けてきた先生ならではのアドバイスだ。

「私たちが勉強していく理由のひとつとして、いろいろな人とうまく共生していくためということが挙げられると思います。つきつめて考えれば、そのための外国語習得だという気がします。ですから、私はイーデス・ハンソンさんの<会ったこともない人々の人権を守るためには想像力が必要です。想像力を持てるのは人間だけであり、生きている範囲を広いものにします>ということばが大好きです」

こんな生徒に来てほしい

基本的に『来る者は拒まず』といったところでしょうか。人生の貴重な4年間の大学生活を通して、しっかり自分自身を見つめ直し、これから市民として生きていくための糧となる体験を是非してほしいものです。

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