- 久保 文明 教授
- 慶應義塾大学
法学部 久保 文明(くぼ ふみあき)
私立武蔵高等学校卒。東京大学・法学部卒。東京大学・法学部助手、筑波大学・社会科学系講師、1984年米国コーネル大学客員研究員、88年慶應義塾大学・法学部助教授などを経て現職。小泉純一郎首相の私的懇談会『首相公選制を考える懇談会』、アメリカ学会常任理事、日本政治学会、日本国際政治学会、日本選挙学会、日本比較政治学会などに所属し、精力的に活躍中。
ニッポン政治だけが政治じゃない!いまアメリカ政治学が面白い

- 三田祭名物「アメリカ政治ディベート」のリハーサル中の久保ゼミ生と久保教授
いまやこの国では、テレビをはじめ、あらゆるメディアでブッシュ米国大統領の顔やアメリカに関する様々なニュースに触れない日はない。ただ、日ごろハリウッド映画を観つくし、シアトル系カフェなどに入り浸っていたとしても、アメリカ(U.S.A.)の政治状況の詳細となると、知っていることは意外なほど少ないことに気づくだろう。
慶應義塾大学・法学部政治学科の久保文明先生は、アメリカ政治学の研究で知られる。
「日本の政治状況だけを見ていると、『政治ってまあこんなものなのかなぁ』なんてつい思ってしまいますよね。しかし、日本とは違う政治制度を採用して、いろいろな意味でまあ上手く政治が機能している国々もたくさんあることを知っていてほしい。そのサンプルの一つとして、アメリカ政治はよい研究対象ではないかと思うのです。言うまでもなく冷戦後、唯一の超大国でグローバリゼーションの牽引役でもあり、非常に活力のある大国でもあります」 と語る久保先生だが、大学入学時の若いころからアメリカ政治研究を志していたわけではない。
「大学3年生のときにアメリカ政治外交史という講義がありまして、それからですね、興味をもったのは」。最初は1930年代のニューディール政策を、その後は現代の環境保護政策と環境保護運動について研究してきたという。
「アメリカの環境保護運動というのは、大変強力な影響力をもっているのですが、そこから、アメリカ国民が政府とか官僚に頼らず、市民生活のなかで自ら物事を解決していくという体質をもった社会を営んでいるということに興味を惹かれました」
わかり合えない者同士が前提の参加型政治システム
こうした自立した国民性は、アメリカという国家が比較的新しい国であり、多民族で構成されていることと関係があるといわれる。先住少数民族の可能性が高いアイヌや沖縄などを別とすれば、東アジアの島国としてそれなりに長い歴史をもち、ほぼ単一民族的文化が圧倒的な日本と大きく異なる。こうした国民性の違いは、当然のことながら、日米それぞれの現代政治のあり方に良否点を与えている。
「日本の場合は、長い共同体としての歴史がありますから、慣習やしきたり・ならわしがいい潤滑油になる一方、官僚も政治家もなれ合い体質になりがちで、一部の人の意見や利益しか政治に反映されにくいという悪いところがありますね」。例えば、一票の格差は都市部と農村部では倍以上も開いているのに、そういうことがあまり問題とされない空気がこの国にはある。
こうしたことは、自立意識の強い欧米ではまず考えられないという。たとえそれらを問題だと認識する少数意見があったとしても、なかなか解決に向けた建設的議論が進まないもどかしさ。ここ10年以上も続くデフレ不況の一方で、政治家・官僚の贈収賄だの醜聞しか聞こえてこず、それでも相変わらず我がニッポン政治家たちは水面下での権力争いに夢中となれば、政治に参加どころか無関心になる国民が大多数なのも無理はないともいえるかもしれない。ただ、アジア的停滞と言い切ってしまえばそれまでだが、貧困なるニッポン政治をどこかで許してしまう国民性の問題も確かにありそうだ。
その点、「アメリカは全く異なる歴史や習慣を背景にもつ人々が集まってできた新しい国ですから、わかり合えない者同士がとにかく徹底的に話し合う参加型システムになっています。政治献金なども情報公開度が非常に高いですし。なれ合わないという意味では、企業だけでなく、官僚でも内部告発者の保護が法律化していますからね。ただ、反面あまりに対立的で、訴訟社会は行き過ぎかなとの思いもありますが(笑)」
日本の議員内閣制と米国の大統領制の違い
「日本とアメリカの政治で決定的に違う点は何かといえば、やはり議院内閣制か大統領制かということでしょうね」
4年に一度行われるアメリカの大統領選挙は全世界的なニュースとなるが、全米中を遊説する各候補者のキャンペーンの激しさには目を見張るものがある。まさに熱狂。自分たちが自分たちの大統領を選ぶのだ――という勢いで、米国全土の有権者たちが進んで政治に参加しようという姿勢がそこにある。そうした光景は、出来レースの観があるニッポン自民党の総裁選挙ではまずありえない。
実は久保先生、小泉首相の私的懇談会『首相公選制を考える懇談会』のメンバーである。 「議院内閣制にも良いところはあります。大統領制とどちらが優れているのかというのは相当難しいところだと思います。しかし、今あるいろいろな具体案を検討する価値はあると感じています」。同じ議院内閣制でも、イギリスのように二つの政党がちょうどバランスがとれて競い合うということが日本ではなかなか起きない。一つの政党ばかりだと、選挙の前から誰が当選するのかだいたい予想できてしまう。
「そんな現状で、この衆院選が首相選びに繋がっているなどと有権者に説教したところでピンとこないでしょう。だから、ついつい、地元に補助金を多くもってきてくれる与党候補に投票してしまう。ちゃんと将来の国家財政のことなど真剣に考えている候補もいるはずなのに、結局、与党の公認がなければ……というふうになってしまう。こうした日本における現在の議院内閣制のままでは、うまく有権者の意思が反映されないのではないかという印象をもっています」
どのような制度であれ、日本国民の政治への意識が高まる日が来るのが待ち遠しい。しかし久保先生のお話から、研究対象がアメリカ政治であるからこそ、外からの視点をもっているからこそ、日本のいまの政治がよく見通せるのだろうとも思える。アメリカだけでなく、そして日本だけでなく、その他の国でも政治というものに興味がある人なら、誰でも久保先生の講義はとても興味深いものになるに違いない。
徹底的ディベートを通して政治学を身体で学ぶ
大学祭といえば、昨今ミスコンや飲食店などのお祭り騒ぎが多いなか、久保ゼミでは慶應・三田祭において「アメリカ政治ディベート」をずっと行ってきた。民主党と共和党に分かれての討論で、ゼミ生全員参加の熱のこもったものだという。
これが、すごくいい政治学の勉強になるらしい。「学生たちはやった役の政党の政治家が何を考えているのか、身体に染みついて覚えられるみたいですね。それに、日本ではあまりディベートをし合う機会が少ないので、相手の意見に徹底的に反論して自分の意見を主張する訓練にもなります。政治というのは、詰まるところ相手を説得して何かを成し遂げていくことなのです。そのプロセスの一部として、討論は大切なものなのです」
「うちのゼミ生は意外と硬派でしょ」と、ニコニコと微笑む久保先生。慶應・三田祭名物のディベートの準備のために集まる学生たちの生き生きとした表情を見ていると、ゼミ生たちが主体的に楽しみながらやっているのが一目でわかる。就職戦線においても、超氷河期にもかかわらず、希望どおりの内定をゼミ生の大半が手中にしているというが、それも納得できる。
こんなところにも、久保ゼミ生たちの文字どおりの「学ぶ力」の高さを実感した気がする。
こんな生徒に来てほしい
知的好奇心にあふれていて、広い世界を見てみたいというような人に来てほしいですね。アメリカ政治ということで、もちろん英語ができるにこしたことはありませんが、最初からできる人がいるわけじゃありませんから、そんなに心配することはありません。英語は英語でも、文学作品だけでなく、ニューヨークタイムズやニューズウィークなどアメリカの時事記事を読んで面白いと思う人の方が向いているかもしれません。

