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Good Professor

小森田 秋夫

小森田 秋夫 教授
東京大学
社会科学研究所

小森田 秋夫(こもりだ あきお)
1946年東京生まれ。76年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。同年立教大学法学部助手。78年北海道大学法学部助教授。85年同教授。88年東京大学社会科学研究所助教授。93年より現職。

主な著作に『ソビエト裁判紀行』(ナウカ)、『市場経済化の法社会学』(共編・有信堂)などがある。

ポーランドの法制度にも学ぶものがある

憧れの本郷キャンパス内にある灯台社会科学研究所
憧れの本郷キャンパス内にある灯台社会科学研究所

東京大学にはいくつかの付属研究施設がある。その一つが「社会科学研究所」。ここでは法学をはじめ、経済学・政治学・社会学の研究者が集まり、諸外国との比較や相互関連性などの研究から、総合的な社会科学的分析を行っている。この社会科学研究所において、法学の研究をしているのが小森田秋夫先生である。

「専門は、ロシアと東欧(主にポーランド)の法制度の研究です。これらの国は社会主義経済から資本主義経済への変化の過程にあり、それに伴って法制度にどのような変化が生じているか、あるいは変化していないものは何かについて研究しています。その中で特に関心を持っているのが、社会保障と司法制度の問題です」

社会保障では年金や失業問題について、司法制度では国民が裁判に参加する陪審制・参審制について、いずれもロシア・東欧に限らず、日本でも緊急とされている問題を研究テーマとしている。双方の法制度や実態を分析することで、日本の法制度の見直しなどについて考える一素材としたいという。

ロシアとポーランドの法の全般的比較、特に違憲審査制も先生の守備範囲で、ポーランド議会史の研究など、テーマは多岐にわたる。研究対象にしているポーランドは80年代初めから、ロシアは旧ソ連時代の80年代半ばから、ともに政治・社会体制が大きく様変わりし、先生は今も続くその変革の様子をつぶさに見ている。

「ロシアとポーランドの両国では、80~90年代から、ありとあらゆる分野の制度が見直され、議論されてきています。一番大きな変革は市場経済と、民主的に選ばれた議会を持つ権力分立制の導入です。ロシアではまだ混乱が続いていますが、ポーランドでは、失業問題や貧富格差の拡大など問題を抱えながらも、ロシアに比べれば相対的にですが、うまくいっています。そうした動向が同時にしかも短時日のうちに観察できますから、研究していて面白いですね。

それに、ロシアからは現在の日本が学ぶものなどないと思われがちですが、そうでもありません。刑事裁判のあり方を例にとると、日本の制度にも様々な問題点があるなかで、公判前の取り調べのあり方、被害者の権利の保障、裁判への国民参加など、もっと目を向けてよい共通の課題や経験がロシアにもあります。

また、旧ソ連・東欧諸国は一斉に憲法裁判所を導入しました。最高裁判所を中心とする日本の違憲審査制が行き詰まりを見せているなかで、日本でも憲法裁判所を設けたらどうかという意見が出てきています。そうすることがよいかどうかについては、いろいろな要素を考慮しなければなりませんが、そのためにも世界の様々な経験を知る必要があると思います」

喪失の10年といわれる90年代の日本をとらえなおす

東大社会科学研究所の入る建物の玄関
東大社会科学研究所の入る建物の玄関

東京大学・社会科学研究所では、こうした研究者個々の研究に並行して、研究者数人によるグループ研究と、全研究者を糾合して行われる研究所プロジェクトとがある。小森田先生もその双方に参加している。

小森田先生が参加するグループ研究は、まだ旧ソ連が存在していたころに始まったソ連と中国の経済・政治・法律・民族などを比較分析する研究である。途中にソ連の崩壊があり、いま研究は中断の状態だという。

一方、社会科学研究所の全所的プロジェクトとして取り組んでいるのが、「喪失の10年といわれる90年代の日本をとらえなおす」という研究。これは同研究所に所属している全研究者が参加して、5~6年の計画で行われている壮大な研究プロジェクトである。

「90年代の日本は『失われた10年』といわれ、改革すべきところを何も改革しなかったと言われています。『改革』は善で、それに対する『抵抗』は悪だ、というものの言い方が流布されています。が、本当にそうなのだろうか――というのが研究の問題意識です。改革すべき点があったとして、どのような方向で改革すべきかについて十分議論されているだろうか? 改革されなかったと言われるが、実ははっきりと変わってきている点もあるのではないか? その際、変えるべきでないものまで変えようとしてはいないだろうか?――など、現実は『失われた10年』という言葉では尽せない複雑さをもっているのではないだろうか。

特に、80年代までは、日本社会の特徴的なシステムは国際的にも高く評価されていたのに、90年代に入って一転して諸悪の根源のような言われ方をしています。そうした目先の捉え方ではなく、もっと長い目で見て分析した場合、果して90年代がどんな時代だったかということですね。そのことを突き詰めることが、次の10年に入ったいま、今後の日本の進路を考えるうえでも不可欠なのです」

小森田先生はこのプロジェクトにおいて、「自由化と危機の国際比較」というテーマで、日本の90年代を念頭に置きながら、旧社会主義諸国と東アジアとラテンアメリカ諸国の3地域を比較分析する研究に参加している。

現在は5~6年の計画の中間あたりで、すでに様々な研究成果が発表されている。研究所全体としては、社会に対してしっかりした分析結果を提示することが目標だが、それを踏まえて、個々の研究者がより具体的な提言を行うこともあるという。

法曹人をめざすためだけの法学ではない

さて、小森田先生は社会科学研究所に所属しているが、学部での講義も担当している。法学部での「ロシア・旧ソ連法」と教養学部での「ロシア・東欧社会変動論」である。

「法学部では『ロシア・旧ソ連法』という講義をもっています。前半では旧ソ連の法制度の特徴とそれが崩壊していく経緯を、後半では現在のロシアとポーランドの法制度を比較しながら講義しています。教養学部のほうでは、ロシア・東欧専攻の専門課程で、ロシア語の社会科学文献を読む講義しています」

この教養学部での講義は、受講している学生がなんと2人だけだという。ロシア・東欧研究の泰斗から、ほぼマンツーマンで教えが受けられるのである。これ以上望むべくもない学習環境といえよう。

「今年度は、2年生と3年生の学生1人ずつの2人でした。ほかの言語でも同じですが、『法』と『法律』、『国』と『国家』との区別など、社会科学の分野で身につけておかなければならない基本的な概念をロシア語に即して身につけることをめざしていますが、教材として、今年度はロシアの世論調査結果を取り上げました。2年生の学生は、初めのころロシア語にかなり苦労していたようですが、この半年間のあいだに急速に力をつけています」

小森田先生のまさに親身な指導の賜だろう。東大の底力を感じさせる羨ましい話だ。  ところで、法学部でも教えている先生だが、先生の跡を継ごうという後進の研究者がなかなか現われてこないのが悩みのようだ。

「これは東大だけではなくて全国的な傾向ですけれどね。法学は実用性を重んずる学問という面が強く、学生の多くは法曹界や官僚などへの進出を求めて学んでいますから、外国法や法律についての基礎研究に取り組み、研究者になろうという人は少ないですね。ですから、法律を入り口にするだけでなく、ロシアあるいはポーランドという国に興味をもっている人が、この道に進んでくれてもいいと思っています。ただその場合、日本の法律や制度についても十分に学ぶ必要がありますけれどね」

外国の法律や制度について研究するには、あくまで日本の法律や制度と比較して、それ自体について考えるための直接・間接的なヒントを得るという視点が重要になるからだ。

小森田先生は後に続く雄偉な若者たちを待望している。大学で法律を学ぶ意義は、いまの日本の法律をただ無批判に使いこなすだけの法曹人をめざすことではなく、いま現在の法律のあり方について、絶えず反省する目をもった市民や職業人になることにあるはずだ。

こんな生徒に来てほしい

いまの若者たちの多くは、この世の中はもう変わらないと思っている人が多いのではないでしょうか。しかし、世界中のいろんな国や地域の事情、あるいは日本の現状と昔を比べても、一つの社会システムが永遠に続くということはありません。制度というのは変わりうるものだと知ることがまず大切で、そのためには本をたくさん読むこと、そして外国に行って現地を直接見ることが重要だと思います。

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