- 加藤 哲郎 教授
- 一橋大学
大学院 社会学研究科 加藤 哲郎(かとう てつろう)
1947年岩手県生まれ。70年東京大学法学部卒業。出版社勤務をへて、78年名古屋大学助手、81年一橋大学社会学部助教授、89年同教授。法学博士。専門は政治学。英エセックス大学、米スタンフォード大学、ハーバード大学、独ベルリン・フンボルト大学客員研究員。インド・デリー大学、メキシコ大学院大学客員教授。
主な著書に『社会と国家』(岩波書店)、『モスクワで粛清された日本人』(青木書店)、『20世紀を超えて』(花伝社)、『国境を越えるユートピア』(平凡社)など。
グローバル・シチズンのための「情報政治学」をWeb発信

- 新緑の一橋大学国立キャンパス
一橋大学には、国立大学では唯一ここだけという「社会学部」がある。同学部は、社会的存在としての人間を多面的に理解し社会諸科学の総合をめざした学部で、「社会科学の総合大学」である一橋大学を象徴する学部ともいえる。
「旧帝大系の国立大学が官僚養成を主眼にしていたのに対して、一橋大学は民間で活躍する人材の育成に重きを置いてきました。そうした経緯もあって、この社会学部も、国家・政府の側からだけではなく、社会ないし民間の側からの視点で政治現象・社会経済現象を研究している点に特徴があります」
そう語るのは、同大学院社会学研究科教授の加藤哲郎先生である。先生の専門は政治学。いま先生が力を注いでいるのは、戦間期(1920~30年代)の在外邦人についての調査研究だ。
「この時代に海外で活動していた日本人は、緊密なネットワークを持っていました。アメリカや中南米・フランス・ドイツ・中国など世界中に日本人コミュニティが存在しています。たとえば画家の竹久夢二も、晩年にアメリカからヨーロッパに洋行していますが、それを支えたのは在外邦人の人的ネットワークでした」
夢二の洋行に力を貸したのは、当時の軍国主義に反対し、平和と国際連帯の側に立つ邦人グループであった。そして、彼らの何人かは、後に苛酷な運命に見舞われることになる。
「当時のドイツはナチスが台頭してきた時代で、反戦運動をした日本人メンバーは国外に追放されることになります。アメリカ西海岸の日本人でも事情は同じです。しかし、彼らは治安維持法下の日本には帰れませんから、多くの人が労働者の祖国といわれたソビエト連邦に亡命しています。しかし、そこに待っていたのは粛清という現実でした」
そのころのソ連はスターリンの独裁体制が敷かれ、亡命邦人は敵国日本人という理由だけで、次々と粛清の対象にされていった。これまでの加藤先生の調査によると、氏名のわかった犠牲者は100人に近い。この調査研究をしているのは加藤先生ひとりだとはいえ、まさに"歴史の闇"を在野の視点から掘り起こす研究といえよう。
もう1つのグローバリゼーションと「ネチズン・カレッジ」

- 附属図書館。加藤先生の研究室は附属図書館の建物の中にある。
ほかに戦後日本の政治経済、現代世界の平和運動なども、加藤先生の研究テーマである。
60年代後半、日本の大学には学園紛争の嵐が吹き荒れた。その象徴的な紛争が東大紛争で、68年1月の医学部学生の誤認処分反対運動から始まって、全学が無期限ストライキに入った。翌年1月の東大・安田講堂での学生と機動隊の攻防戦は歴史的事件として記憶に残る。
実はこのときの東京大学法学部自治会(緑会)委員長だったのが加藤先生その人なのだ。つまり、学生側の大学改革運動のリーダーのひとりだったのである。「当時の日本は高度経済成長まっ盛りで、豊かさが実感されてきましたが、その一方で、ベトナム戦争とか公害問題などがあり、大学でも会社でも管理強化が強められていました。それに対して大学の中から反対の声をあげたわけです。私自身としては、この体験があって、政治を市民の側から見るきっかけになったと思っています」
加藤先生の政治学研究は、どれもがこうした市民側の視点で貫かれている。「いまアメリカ発のグローバリゼーションが跋扈しているなかで、もう1つのグローバリゼーション、つまり地球上に100人の人間がいれば100通りの見方・考え方があり交流できることに、私は注目しています。その100通りの文化や思想・考え方をそれぞれが保持できるようにしたうえで、世界がもっと緊密につながる民主主義を考えています」
加藤先生はこれを「情報政治学」と呼び、政治における情報・コミュニケーションの役割を広く研究し実践するために、インターネットを通じて独自に発信を続けている。じつに旺盛な発信ぶりで、多彩なサイトが展開されている。そのどれもが現在の政治学がよくわかると折り紙つきのものばかりである。塾生諸君もぜひ一度アクセスしてみてほしい(メインサイト「加藤哲郎のネチズン・カレッジ」)。
いま静かに語る加藤先生の姿から、かつての大学紛争闘士の面影は窺えない。だが、先生はこうも語る。「いま日本の国立大学は法人化の波に揺れ、大学とは何か、大学はどうあるべきかが大きく問われています。それに対して、学生諸君のほうからほとんど声が聞こえてこないのは残念ですね」。現代の学生たちには相当に歯痒さを感じているようで、いまも先生の気概はいささかも衰えていない。
ゼミ生全員の卒業論文をインターネットで全文公開
一橋大学社会学部のゼミ演習は、3年次から始まる。加藤ゼミでは例年10人ほどの学生を受け入れ、年度ごとに先生がテーマを決めて、全員で研究を進めるスタイルである。
「2003年度の研究テーマは"グローバリゼーションと反グローバリゼーション"です。ゼミの進め方としては、全員でテーマに沿った文献講読をして、その文献で扱われている内容が現実にはどうであるかをグループに分かれて研究し、討論していきます。具体的には、グローバル化によって引き起こされる伝統文化や家族の変化、在日朝鮮人をはじめマイノリティの人々の問題などについて学ぶことになります」
4年次になると、それぞれが個別のテーマを立てて卒業論文に取り組むが、加藤ゼミでは、全員の卒論がインターネットで全文公開されている。「ゼミ生全員の卒論を全文公開しているゼミは、全国でもまだ珍しいようです。公開が前提ですから、ゼミ生もあまり粗雑な論文は書けないみたいですね(笑)。反響もかなりありまして、他大学の先生やマスコミなどからの問い合わせも多いですよ」。それがゼミ生たちの大きな励みにもなっているようだ。
最後に、加藤先生から政治学を学ぶことの意味について語ってもらった。「政治学を学ぶ基本は、世界と日本で起こるさまざまな出来事を良識ある市民として批判的に見る目を養うことです。それは日本の市民であるとともに、グローバル・シチズン(地球市民)としての人格を磨くということにもなります」
こんな生徒に来てほしい
スポーツでもいいですし、音楽・美術でも文学でも何でもいいですから、受験勉強以外に好きなものをまず見つけておいてください。そのうえで、日々のニュースにもふれて、社会の出来事に関心を持ってほしいですね。専門的な知識はまだ必要ありませんが、地球市民としての責任を自覚して大学に来ていただけたらと思います。










