- 間宮 厚司 教授
- 法政大学
文学部 日本学科 間宮 厚司(まみや あつし)
1960年東京生まれ。83年学習院大学文学部国文学科卒業。87年同大学大学院人文科学研究科国文学専攻博士後期課程単位取得退学。87年鶴見大学文学部専任講師。91年同助教授。95年法政大学文学部助教授。2003年より現職。
主な著作に『暮らしのことば語源辞典』(共著・講談社)、『万葉難訓歌の研究』(法政大学出版局)、『おもろさうしの言語』(笠間書院)などがある。
沖縄と大和の古典研究から日本祖語が見えてくる

- JR市ヶ谷駅より望むボアソナードタワー
法政大学市ケ谷キャンパスには、地上27階建ての「ボアソワード・タワー」がひときわ高く聳え立っている。そこには最新設備の研究施設や教室が配置されている。その25階にあるレストラン奥の個室で、同大学文学部教授の間宮厚司先生に話を伺った。
間宮先生はこの春、教授に昇格したばかりの新進気鋭の日本語学者で、専門は古典語の研究である。「これまで研究してきたのは、沖縄の古代歌謡集『おもろさうし』(16~17世紀に成立)と、『万葉集』(8世紀)です。沖縄と大和の古い言葉をそれぞれ詳しく観察することで、より古い時代の言葉すなわち日本祖語を再現できたらと考えています。大学の卒論では、『おもろさうし』の係り結びを大和の係り結びと比較する研究をしました」
古典語の研究というと、非常に難解なものだと思われるだろう。しかし、間宮先生の話をする表情はじつに愉しそうだ。「大学を卒業してからは、万葉の難訓歌も研究しています。『万葉集』は漢字だけで書かれていますが、いまだに読めない歌があるんです。それをどう解読するかというのを考えるのは、過去の研究者、たとえば江戸時代の国学者と同じ問題に向き合っていると実感でき、わくわくしてきます。なかなか解けないというのは、やりがいがあります」
古典語研究が専門の間宮先生だが、その対極ともいえる現代の若者言葉にも大いに関心があって、その方面の調査も行っている。「言葉は時代とともに変化します。若者言葉も10年前に使われていたものが、今はもう耳にしないというのも結構あります。けれども、「チョー」や「爆睡」のように、まだ残っているものもあります。こうした若者言葉に眉をひそめる年輩の方もいますが、日本語がすべて若者言葉になってしまうわけではありませんからね。」と、寛容な間宮先生だ。
そして、近ごろの若者の言葉遣いはなっていないと怒る人には、「例えば「負けず嫌い」というのは、よく考えると変ですよね。「負けず」と否定しているわけだから、理屈の上では「勝つのが嫌い」という意味になってしまう。ただ、古くは「負け嫌い」で「ず」はなかった。夏目漱石は『坊っちゃん』の中で「負け嫌い」と書いています。今から「負け嫌い」に直しますか。結局、自分が身につけた言葉が基本的に正しいものだと思っているだけなんですよ」
古典語から若者言葉まで幅広い研究テーマ

- 新緑の法政大学市ヶ谷キャンパス
法政大学文学部の日本文学科では、2年次からコース別になる。コースは、「文学」「言語」「文芸」の3つが用意され、学生は各自が希望するコースに進める(志望者の多いゼミは志望理由を書かせるなどして選抜になる)。そして、2年・3年でゼミの授業を履修することになる。なお、2003年度から昼夜開講制を導入する改革を行うという。
間宮先生が担当しているのは言語コースのゼミで、ゼミ生の受け入れは例年10数名。同ゼミの研究は、学生がそれぞれ個別のテーマを設ける個人研究になる。これは4年で書く卒論につなげるためには、グループ研究より個人研究のほうがよいという先生の方針からだ。それで学生たちの研究テーマだが、先生自身が古典語から若者言葉までを幅広く研究していることもあって、日本語に関するものであれば何でもあり、ということになる。
例えば、『徒然草』における「おもしろし」「をかし」「いみじ」「あはれなり」などの言葉の使い分けや、和歌の字余りについて、また、「男言葉と女言葉」の推移について明治期から現代までの小説の会話文でたどる……等々。こうした真面目な(?)研究に混じって、早口言葉の原理、キャッチコピーの言語的特徴、ダジャレの法則、デパート別敬語の比較、さらにはニューハーフ言葉の研究なんてものまであるという。まさに多様多彩な研究テーマ群である。「他大学の日本文学科では、こうした研究を認めないところもあるかと思います。ただ、学生がみんな学者になるわけではありませんからね。どれだけ自分の頭で考えたかという点を評価したいので、私は許可しています」
何をテーマにするのかよりも、研究のプロセスや独自の解釈のほうを問うているのだ。「研究というのは、その人ならではの独創性やオリジナリティーが求められます。たいていの場合、研究テーマを決めて図書館に行けば、そのテーマに関する資料はすぐに集められます。しかし、それらを読んで、あたかも自分の意見のように発表したり、レポートを書くことは許されません。独自の発表をするためには、アンケート調査なり、フィールドワークなどによって、自分ならではのデータを集めて分析することが必要になります」 要するに、自分の身体を使い、自分の頭で考えることによって、借りものでないオリジナルな研究になるということだ。
「この先生に学びたい」で大学は選びたい
間宮先生が古典語の世界に目を開いたのは高校生のときだ。そのきっかけを与えてくれたのは、国語学の泰斗で学習院大学教授(現名誉教授)の大野晋先生であった。大学進学にあたっては、迷うことなく大野先生の元に進んだ。
「大学で学び研究するときには、やはり信頼のおける先生につくことが大事ですね。独学で学んでいますと、どこまで行っても不安がつきまといます。大学で学ぶことの本当の意義も、そこにあると思います。受験生のなかには偏差値で受験校を選ぶ人が多いのかもしれませんが、本当はこの先生について学びたい、あるいはこの大学のこの学部・学科で学びたい、というはっきりした目的によって選ぶべきですね」
さらに、日本語学を学んでみようという受験生には、次のようなアドバイスをしてくれた。
「言葉は非常に身近なものなのですが、研究してみると実に奥の深いものであることがわかります。やはり人の言葉をよく観察して分析できる人が、この分野に向いているようで、達成感を味わうことができます。受験生のみなさんはいま大変な時期でしょうが、ただテクニカルに問題を解くのではなく、物事の本質を理解し、それを自分の言葉で表現できるような訓練が大切だろうと思います」 間宮先生は最後にこう結んで終えた。
「最近の高校生を見ていますと、将来何になりたいのか、自分の望む職業のイメージをもてない人が以前よりも多くなっている印象です。大学に行ってから何を学ぶのかを決めるためにも、ある程度のイメージや憧れの対象を自分でつくっておく努力をしておいてほしいですね。ただ、魅力的な大人がほとんどいないというのが一番問題だと思います」
こんな生徒に来てほしい
日本語に関心のある人。自由な発想で勇気をもって挑戦できる人。言葉の法則を発見してみたい人。そんな人に、ぜひとも来てほしいですね。それに法政大学には、世界に誇れる「能楽研究所」と「沖縄文化研究所」があります。能楽や沖縄学に関心のある人にとっては、最高の環境で研究できるはずです。

