- 横澤 一彦 教授
- 東京大学
大学院 人文社会系研究科 文学部 心理学研究室 横澤 一彦(よこさわ かずひこ)
1956年生まれ。81年東京工業大学大学院総合理工学研究科電子システム専攻修士課程修了。
81~98年NTT勤務。その間に86年ATR視聴覚機構研究所、91年東京大学生産技術研究所、95年南カリフォルニア大学に出向。
90年工学博士。98年より現職。
主な著作に『脳神経科学』(共著・三輪書店)、『認知心理学』(共著・東京大学出版会)などがある。
心理学を研究するほど人間への未知が見えてくる


- 研究室ラボで横澤先生と大学院生
東京大学文学部の心理学専攻で教鞭を執る横澤一彦先生の肩書きは工学博士である。日本の大学で工学博士が文学部心理学専攻の教壇に立つというのは、おそらく横澤先生がただ1人ではないか。
なぜ工学博士が文系の教壇に立つことになったのか、その顛末から話してもらった。「大学ではコンピュータを学びたいと思いまして、当時できたばかりだった東京工業大学の情報工学科に入りました。私が学びたかったのはコンピュータのシステムではなく、コンピュータによって何ができるのかといったソフトの面からの興味でした。そこでコンピュータの文字認識について研究することになります」
大学院を終えてからは、NTT(当時の日本電信電話公社)に勤務する。当時のコンピュータの認識研究において、同社の研究所は最先端を行っていたからだ。
「そのころのNTTでは、現在のIT・BB時代を見すえた視覚情報処理の研究がすでに進められていまして、私もその配属になりました。そこで研究したのが、人間が文字を認識する仕組みについてでした。その研究を続けていくうちに、別の学問分野においても同じような研究アプローチがあることがわかったんです。それが認知心理学の分野でした」
コンピュータの認識研究をしているうちに、いつの間にか認知心理学の領域に深く踏み入って研究していく。その実績が認められ、98年に東京大学文学部に迎えられる。ここに、文学部で認知心理学を教える工学博士の教授が誕生することになった。
「私自身としては何も変わってないんです。大学生のときに始めた研究を、いまも続けていて根本は同じです。外側のラベルだけが貼り替えられたんですね」。横澤先生はそう言って笑った。
高次視覚メカニズムへの多様なアプローチ

- 本郷キャンパスのシンボルである銀杏と赤煉瓦
認知心理学というのは、外界からの情報を人が取り入れて認識する処理過程のメカニズムを解明する学問である。
横澤先生はこれを視覚の観点から研究していて、とくに「高次視覚」あるいは「注意と認知」をテーマにして研究している。それらの研究についての説明の前に、先生はひとつの実験をしてみせてくれた。2枚の同じ写真のなかに1ヵ所だけ違うところがあり、それを探し出すというもので、被験したのは筆者である。
いきなりの実験になり、しかも先生を前にして、筆者は緊張と焦りで大汗をかきながら探し当てることになった。 「人間は常にものを見ていますから、見る仕組みは自明のことのように思われがちですが、じつは解明されていないことのほうが多いのです。
この実験でも2枚の写真に違いがあることを知りながら見ていますから、情報は網膜から脳まで届いています。それなのに、違いを認識するまでに非常に時間がかかります。その間に情報の選択がされているわけですが、そのメカニズムの詳細についてはまだ分かっていません」そうした視覚のメカニズム解明が横澤先生の研究テーマになる。人間が視覚によって得る色や奥行・運動・材質感などを「低次視覚」といい、それらの情報を選別したり統合して、「それが何であるのかわかる」のが「高次視覚」である。
横澤研究室(同研究室では横澤組と呼んでいるらしい)では、この高次視覚のメカニズムを情報検索、抑制機構、注意と遂行、特徴抽出、脳機能など多様な面からアプローチしているのだ。さらに横澤先生は、研究で解明されたものをコンピュータのシミュレーションに置き換えてモデル化してもいる。それが、文系の心理学研究者にはない工学博士が行なう心理学研究の特徴だろうとも語る。
工学博士が文学部で認知心理学を研究する

- 横澤研究室のある法文2号館
東京大学文学部のゼミ演習は3年次の学生からで、横澤研究室では例年10人ほどの学生を受け入れている。
「ゼミでは、英語で書かれた心理学の教科書を全員で講読することから始めます。2003年度からトライしている教科書が非常にユニークでして、インターネットを使った心理学実験が体験できるようになっているんです。ゼミ生はそれぞれで実験をして、その結果をゼミに持ち寄って全員でのディスカッションになります。実験結果が必ずしも教科書どおりにならないことも多くて、ゼミ生たちのディスカッションも活発ですよ」
横澤先生の指導方針は、大学院生には厳しく、学部の学生にはやさしく――だそうだ。
「大学院生には、社会人であるという自己認識をもって研究に取り組んでほしいですからね。年に1回認知心理学の視覚分野の国際会議がアメリカで開かれていますが、その会議には毎年半数以上の院生が研究発表をしています。一流の研究者の前で発表するのは、研究内容と英語力が問われますし、かなり厳しいものがありますよ」「学部の心理学専攻では卒業論文が義務づけられています。ですから、学部の学生には早い時期から心理学の実験が体験できるようにして、論文を書き発表する機会をつくるようにしています。そうした能力を身につけておけば、社会に出てからも役立ちますからね」
高校生のなかにも、大学に入ったら心理学を学んでみたいという人も多かろう。最後に、心理学を学ぶことの意義についてこんなふうに話してくれた。
「学問を進めれば知識は増しますが、逆に人間についてはよく分かっていないということが分かってくる学問が心理学なんです。それが心理学の面白いところでもあります。まだまだ人間には不思議なところがたくさんあり、それだけに研究テーマも多い分野です。人間生理のメカニズムを知ることが心理学ですから、サイエンスそのものです。だからといって人間を機械としては扱えません。その意味では、心理学を研究していくには理系と文系両方の素養が必要な気もしますね」工学博士・横澤先生はまさにうってつけなのだ。
その先生が認知心理学の世界に新たな地平を開く――。
こんな生徒に来てほしい
まだまだ人間には不思議なところがたくさんあります。そんな不思議な人間のメカニズムに少しでも興味があって、それを知りたい分かりたいと思っている人にぜひ来てほしいですね。この研究室に来てくれれば、いろんな実験を駆使して、その不思議の解明に近づけると思いますよ。

