- 飯塚 正人 助教授
- 東京外国語大学
アジア・アフリカ言語文化研究所 飯塚 正人(いいづか まさと)
1960年神奈川県生まれ。85年東京大学文学部卒業。92年同大学大学院博士課程中退。この間、88~90年在エジプト・アラブ共和国日本国大使館勤務。92年東京大学文学部助手。94年東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手。98年より現職。
主な著作に『よくわかるイスラム原理主義のしくみ』(監修・中経出版)、『イスラーム世界がよくわかるQ&A100』(共編著・亜紀書房)などがある。
イスラームへのはびこる誤解を解き明かす楽しさ

- 東京外国語大学のキャンパス正面アプローチ
東京都下・府中市にある東京外国語大学の新キャンパスは、広々とした敷地にモダンな建物が点在する開放的で伸びやかなキャンパスだ。その敷地の一角に「アジア・アフリカ言語文化研究所」(AA研)の建物がある。
今回紹介するのは同研究所助教授の飯塚正人先生。
AA研は大学附属ではなく「大学附置」の共同利用研究所だという。まず、そのあたりから説明してもらった。
「AA研は東京外国語大学ばかりでなく、全国の大学の研究者が共同利用できる施設です。人文社会系の研究所としては全国で最初に設立された共同利用施設になります。ですから、全国の研究者を集めて定期的に研究会を開いたり、ここでの研究成果を情報提供するなどの役目を担っています」
AA研では、アジア・アフリカ地域の言語・文化・歴史について広範囲にわたる研究が進められている。具体的には、これらの地域の言語辞書の編纂をはじめ、他機関では教えていない特殊言語の研修、これらの地域の情報を電子化しての情報提供、それに総合的なアジア・アフリカ地域の研究の4つの柱からなっている。
かつて内戦があったカンボジアでは辞書類が焼失してしまったが、現在同国内に流布しているのは、このAA研が編纂した辞書の海賊版なんだそうだ。
日本におけるイスラーム原理主義研究の第一人者

- 梅雨の晴れ間の東京外大の府中キャンパスの一風景
飯塚先生の肩書きはAA研の助教授で、これは東京外国語大学の学部などで教える義務のない、研究を専らにする役職である。その先生の専門は「イスラーム学」と「中東地域研究」だ。これらの地域というと国家・民族・宗教が複雑に入り組んでいて、日本人には理解しがたいという印象がある。
「イスラームも中東の問題も、実はそんなにむずかしいことではないんです。むしろこの問題にはいろんな誤解がはびこっていて、どの情報が正しいのかよくわからないことが複雑にしているんです」
飯塚先生はそう前置きしてから、自身の研究について語ってくれた。「端的に言ってしまえば、イスラーム諸国の近現代政治で何が起こっているかの研究になります。その国の政府の政策から、一方の野党や過激派までの反政府勢力について、双方の思想や経済的な背景などを調べています。当然、宗教もその調査対象です。
今回のイラク戦争でイラクの民主化が話題になりました。これはイラクに限らずイスラーム諸国に共通の課題で、民主主義が機能していない国々が多い。それなのになぜ民衆がついていくかと言えば、イスラームの問題に行き着きます。どの政府も国の方針はイスラームの教えに適っていると宣伝してますし、イスラーム法学者(僧)もそれにお墨付きを与えたりしています。この地域は思想と宗教がほとんど一体で、各国政府が本当にイスラームを信じているのか、利用しているだけなのかは外からはなかなか分かりにくいですね」 飯塚先生がとくに力を入れて研究しているのが「イスラーム原理主義」。9・11のアメリカ同時多発テロ事件以来しばしば話題になるタームだが、飯塚先生はイスラーム原理主義の研究では日本における第一人者なのだ。
「イスラーム原理主義は過激なテロ行為で知られていますが、一方で民衆の支持も受けています。それはテロ行為と同時に難民を支援したり、民衆に医療行為を施したりしているからですね。裏返すと、政府が何もしてくれないという不公平感が民衆のなかに根強くあるということになります。そのへんを見誤ると原理主義の問題は理解できないでしょうね。
イスラーム世界の多くでは結婚するときに莫大な結納金が必要なのですが、若者の多くはそれが払えないためになかなか結婚できないでいます。その不満がエネルギーになって運動に向かわせているという説もあるくらいです」
政府も原理主義も政教一致を謳いながら反目し合う

- アジアアフリカ言語文化研究所のある建物

飯塚先生の話は豊富な例を交えながら、まるで速射砲のように次から次へと繰り出されてくる。その大きな身体で情熱的かつエネルギッシュに研究に向かっているのが窺える。
飯塚先生は中学・高校生のころから歴史の勉強が好きだったという。ただ、世界史のなかに空白の部分のあるのがずっと気になっていたという。東ヨーロッパとイスラーム世界である。
「とくにイスラーム世界は世界文明の発祥地でありながら、それ以外は歴史教科書にほとんど登場しません。その歴史がよくわからないから、よけいに気になりましたね。東京大学在学中にたまたまイスラム学研究室というのができて、ちょうどアラビア語を学んでいたこともあって飛び込んだのが、この研究に入るきっかけとなりました」
日本初ともなる東大イスラム学研究室の第1期生となったわけだ。さらに、東大大学院在籍中に、外務省の要請で在エジプト・アラブ共和国日本国大使館に専門調査員として勤務している。
「はっきり言って、88年当時の外務省にはイスラーム原理主義を理解している人がほんのひとりふたりしかいなかったですね。私にとっても、エジプトなどに入っての現地調査は有意義でした。そのころは、政教分離をめざす政府と原理主義との闘いであるといった見方が日本では大勢でした。ところが、現地に滞在してフォローしてみると、エジプト政府は一貫して政教一致を謳っていて、それに対して原理主義の側が政府の政策はイスラムの教えに背いていると異を唱えているという対立なんですね。つまり、両者とも同じ教えの政策をめざしながら反目し合うという非常に複雑な対立軸であったんです」
この大使館勤務を終えてから発表した論文で、イスラーム原理主義のエキスパートの地歩を確立する。こうした研究者の少ない分野の研究に携わっていることについては、次のように語る。
「やはり、みんなが誤解していることを1つひとつ解き明かしていくのは、楽しいというか充実感がありますね。イスラーム原理主義の研究は世界的にも研究者の少ない分野ですから、国際的な権威といわれる研究者とも対等に意見交換ができるところもいいですね」 地理的以上にニッポンとは対極に位置するイスラーム諸国だが、いまや重大な外交・政治問題の現場となっている。いまこそ、飯塚先生のあとに続く若い研究者たちの登場が待たれているのだ。
こんな生徒に来てほしい
イスラーム学を学ぼうとする高校生のために
20年後には人類の3分の1をイスラーム教徒が占めると予測され、21世紀の世界を考えるうえで無視できない存在になっています。高校生のみなさんには遠い国のように思えるかもしれませんが、これからの有望な経済市場でもあり、日本の企業の進出も盛んになると考えられます。いまこれを学んでおくのも悪くないと思いますよ。

