- 西原 主計 教授
- 神奈川工科大学
工学部 福祉システム工学科 西原 主計(にしはら・かずえ)教授
1992年に神奈川工科大学工学部システムデザイン工学科教授。2000年4月より福祉システム工学科教授に就任。
現在、消費者政策特別委員、高齢者・障害者配慮生活用品標準化調査委員会委員長などを務めている。
「福祉のための工学はみんなのためになる」 4人に1人がお年寄りの時代

- これは歩かなくても移動できるスグレもの。天井のレールに沿って、トイレや風呂場まで連れていってくれる

- 車椅子から便座に移動する際の介助を実習中。こうした設備もすべて大学に整っている
視力が落ちて黒板の字が見えにくくなり、メガネを作ることになる。とくに珍しくもない、よく聞く話である。街のメガネ店にいけば、さまざまな機器を使って視力を測定し、あなたに合ったレンズを選び、さらにそれぞれ似合うフレームまで探してくれるはずだ。
では、歩けなくなった場合にはどうすればいいのだろう。あなたの身体にピッタリと合った車椅子を即座に見つけられるだろうか? そもそも、どんな車椅子が使いやすいのかを教えてくれる専門家に私たちはどこで出会えるのだろうか。
日本ではこれまで、車椅子などの福祉機器は行政側から給付されることも多く、機器に対する不満も反映されにくい状態が続いていた。しかし2015年までには、4人に1人がお年寄りという超高齢化社会に突入しようとしている。
当然、老人の生活を支える福祉機器にもさまざまな種類が必要となる。個々人が使いやすいような工夫をアドバイスする専門家も不可欠となるはすだ。
「そういった商品を専門に扱うショップもどんどんできてくるでしょう」
神奈川工科大学福祉システム工学科教授・西原主計先生の話に驚かされた。それこそメガネ店と同じように、街のあちこちに福祉専門のショップができるとはにわかに信じがたい。
しかし政府の試算では、老人介護や福祉に関係する産業は今後6兆円規模になるとされている。コンビニエンスストアやスーパーなどに並んでいるお総菜などの包装類、これが現在6兆円産業である。つまり将来的には、お総菜などと同じように身近なものとして、福祉商品が数多く市場に出回るかもしれないのだ。西原先生は、さらにびっくりするような話をしてくれた。 「すでに福祉に配慮した製品が随分と出回っているんですよ。誰でも見たことがあるはずです」
さて、ふつうに見たことのある福祉に配慮した製品とはなんだろう?
「小銭を小さな受け皿に入れる自動販売機を見たことはありませんか。小さな穴に小銭を差し込む必要がないので、手が少し不自由でも自動販売機を使用できますね。また、そうした自動販売機は車椅子に座っていても商品が取れるよう、従来のものより取り出し口が少し上になっているのに気づきませんでしたか」
たしかに高速道路のサービスエリアなどではこうした自動販売機をかなり見かける。「身近なところではシャンプーなどがあります。目の不自由な人がシャンプーとリンスを間違えないよう、多くのシャンプーの容器にはギザギザの突起がついています。こういったデザインをユニバーサルデザインといいます。能力や障害のレベルに関わらず、可能な限りすべての人々が利用できるよう設計された環境や製品デザインのことです」
ユニバーサルデザインの恩恵にあずかるのは、何も障害者や老人だけではない。小銭は皿に入れるだけのほうが健常人でも使いやすいし、洗髪中に目を開けなくてもリンスとシャンプーを間違える心配のない容器はありがたい。人に優しいデザインをもった商品が増えていくのは使う人みんなにメリットがあるのだ。
雪の上で使える車椅子がほしい

- 階段に対応できる車椅子。工学の発達が期待されている分野の一例

- 入浴の介助装置。障害者・高齢者の入浴がスムーズにできる設計になっている
こうした福祉商品の開発に欠かせないのが、工学の知識があり、なおかつ福祉のセンスを身につけた人物である。
一見、工学と関係なさそうなシャンプーの容器にしても、設計するためには人間工学の知識と材料工学の知識が必要だ。福祉の知識だけでは、製品開発までたどり着けないのである。
神奈川工科大学の福祉システム工学科では、福祉と工学、この2つの柱を基礎から勉強できるようカリキュラムが組まれている。身体に器具をつけて高齢者や障害者の動きを疑似体験したり、実際の介護器具を扱ったりする一方で、機械部品の製作には欠かせないハンダづけやテスターの使い方といった実習も行なわれる。
「福祉システム工学科では、福祉機器フィールドと介護・メディカルフィールドという2つの領域で活躍する技術者を育成します。卒業後、福祉機器システムの研究・開発・製造に携わる技術者と、福祉機器システムを個々人に合わせて選択し、適合させる技術者です」
つまり少し乱暴な言い方をすれば、メガネを作る人と、視力に合わせて販売する人、この2種類の技術者を育成するということになるだろう。数年前、神奈川工科大学前学長である赤池志郎教授のもとに、雪上で使える車椅子の製作依頼が届いた。この国にも車椅子の使い勝手を知っている福祉関係者は大勢いる。雪上の乗り物に詳しい技術者も数多いはずだ。
しかし、雪上で障害者が使いやすい車椅子を作れる技術者はどこにもいなかった。だからこそ、赤池教授のもとに研究依頼が舞い込んだのである。こうした依頼も福祉システム工学科新設のヒントになったそうだ。
福祉の視点から見た工学は、やっとその必要性に社会が気づきはじめた段階だという。その将来性は、現在の私たちが考えている以上のものかもしれない。
「手話をパソコンに取り込んだり、介護のためのロボットを作ったり、研究テーマは山ほどあるのです。だから、まず学生に何かを開発させてあげたいのですよ」
西原先生の思いも、福祉システム工学と共に大きく広がっていく。
こんな生徒に来てほしい
1年生のなかには、自分たちでお揃いのつなぎを着て、夜の8時・9時まで製作に没頭している学生もいます。制作や研究に必要な知識はきちんとマスターできるカリキュラムになっていますので、数学が不得意でも結構です。福祉と工学、その両方に興味のある学生にぜひ来てほしいですね。

