- 渡辺 靖 教授
- 慶應義塾大学
SFC環境情報学部 政策・メディア研究科委員 渡辺 靖(わたなべ・やすし)助教授
1967年北海道生まれ。90年上智大学外国語学部英語学科卒。97年米ハーバード大学大学院博士課程(社会人類学専攻)修了。Ph.D. 英ケンブリッジ大学・英オックスフォード大学の客員研究員をへて、99年より現職。03年ハーバード大学客員研究員。主な著作に『アフター・アメリカ――ボストニアンの軌跡と〈文化の政治学〉』(慶應義塾大学出版会)、『The American Family:Across the Class Divide』(米英で刊行)がある。
先の見えない時代だからこそ文化人類学の出番

- 渡辺研究室のあるラムダ館

慶應義塾大学SFC環境情報学部の渡辺靖先生が書いた『アフター・アメリカ――ボストニアンの軌跡と〈文化の政治学〉』 が04年度のサントリー学芸賞(社会・風俗部門)に選ばれた。
2極化が急速に進行しているといわれるアメリカにおいて、それを代表する2つの階層集団に丹念な聞き取り調査をして、アメリカ社会およびアメリカ人の変容ぶりを追究した労作だ。
「アメリカでなぜ2極化という事態が起きているのか? そのテーマについて私自身がアメリカの街に身を置いてみて、人々の生活を見たり意見を聞いたりして書きまとめたものです。すでにアメリカ論に関してはいろんな本が出版されています。でも、私は自分の目で見たものしか信じないところがありまして、いつか自分で見たアメリカ論を書きたいと思っていました。その念願がかなった書になります」
著者の渡辺先生はそう語る。先生にとって事実上の国内処女作ともなるこの書は、伝統ある学芸賞を受賞する栄誉に輝いた。渡辺先生の専門は「文化人類学」で、主要な研究テーマは3つ。今回受賞した著作に通じる「アメリカ研究」のほか、「文化政策論」「グローバリゼーション研究」も研究対象とする。
アフター・アメリカー2極化進む超大国の深層を探る

- 渡辺先生「インターナショナルスタディ」の授業風景

「04年のアメリカ大統領選挙でブッシュが再選されました。どうもアメリカという国は他国民には理解できないところが多い。しかしまた、世界中に影響力をもつ超大国であることも事実です。アメリカとはどういう国なのか?そこを追究していくのがアメリカ研究になります。この国はひとつにまとまることがない国で、非常に予測のつけにくい国です。それが研究をむずかしくし、また面白くもしています」
次に「文化政策」だが、これまで政治や経済の政策に比べてないがしろにされがちな分野だった。しかし、これからは文化のもつ重さを理解し、文化を政策的に考えていく必要があるという。それこそが「文化政策論」の研究領域となる。
「いまはやりのグローバリゼーションについては、『いままで言われてきた近代化や国際化とどう違うのか?』、『いま世界で何が起きているのか?』、『賛成派と批判派それぞれの意見は正しいのか?』など、さまざまに検証して研究しています」
「グローバル化が『世界のアメリカ化』という面が強くあることは事実ですが、じつはアメリカ自身も大きな影響を受けています。携帯電話はフィンランド、ポップカルチャーは日本の影響を受け、移民が多いことから世界中の通貨が流入する状況になっています。ですから、すべてのものがアメリカ一色に変えられるということではありません」
グローバル(アメリカン)スタンダードに単純に賛成・反対を唱えるのではなく、多面的な検証が必要だという渡辺先生。この少壮の文化人類学先生は、気力充実やる気満々のオーラを発しながら語ってくれた。
SFC学際キャンパスの魅力は学生その双方向性

- 取材当日の研究プロジェクト風景。ゲストは政策研究大学院大学の青木保教授
慶應義塾大学SFCは学問領域の枠を取り払って、学際的な先端研究をめざす日本初の実験的キャンパスとして開設された。このSFCの特徴を渡辺先生は次のように話す。
「これまでの日本の大学にはない新しい大学をめざしているのがSFCといえます。私が常々感じるのはキャンパス内の人間関係にヒエラルキーのないことです。つまり、教員と学生のあいだの距離感もほとんど対等な関係で、学生が気軽に相談できるようになっています。因習にとらわれない自由な雰囲気、それが一番の特徴ではないでしょうか」
SFCではゼミ演習制をとらない。代わって各教員が主宰する200に及ぶ研究プロジェクトが用意され、それぞれの興味と関心から学生たちは学部の枠を超えて履修することができる(履修は原則2年次から)。
渡辺先生が主宰している研究プロジェクトは、「文化政策研究」と「グローバリゼーション研究」の2つ。前者ではポケットモンスターをはじめイチローや韓国製テレビドラマ「冬のソナタ」などを、後者のグローバリゼーション研究ではサッカーW杯やマクドナルド、スターバックスなどを切り口にして説いていく。
学生の興味を惹きつけながらの独特の指導スタイルには絶大な人気があり、各15人ほどの定員のところに応募はそれぞれ100人を超える。その選抜条件は「やる気があるかどうか、プロジェクトに貢献してもらえるかどうかですね」とのこと。
広い視点から物事にアプローチしてみたい人集まれ

- 総合政策学部2年生の竹内友香さん
学生たちへの指導方針については――。「SFCは学際キャンパスですから、ひとつの専門を究めるというよりは、いろんな視点から物事を究める人になってほしいですね。まだだれも手をつけていないようなことにどんどん挑戦してほしい。そんな学生を育てたいと思っています」
自身では手ごたえを感じているようだが、では学生の声はどうか?
総合政策学部2年の竹内友香さんに渡辺先生とSFCについて尋ねてみた。ちなみに竹内さんは早稲田塾OGでもある。
「ひとつのテーマに広い視点からアプローチできること、学生と教授との関係がフランクであることなどがSFCのいいところですね。将来わたしは外交政策や言語・法学を絡めたような職業に就きたいと思っていますが、そんな私にはピッタリの環境だと思っています。SFCの授業の魅力は先生と学生の双方向性にありますが、渡辺先生こそ、SFCの典型のような先生じゃないかと思います。学生の意見をよく聞いてくれて、そのうえで方向性も提示してくれます」
教える側の意図は学生側にもきちんと伝わっているようだ。最後に、渡辺先生に文化人類学を学ぶ魅力について聞いた。
「21世紀を迎えていわゆる常識が毎日のごとく崩されていく現代ですが、そんな時代だからこそ文化人類学の出番なんですね。どう理解すればいいのか分かりにくい文化や民族が世界にはたくさんありますし、私たちの置かれている状況もめまぐるしく変化しています。これまでの世界観や知的枠組みは覆されてばかりいます。でも、その混沌とした現実を研究テーマにできるのがまた文化人類学のたまらない魅力なのです」
こんな生徒に来てほしい
SFC的には、小さくまとまろうとしない人で知的好奇心が旺盛な人が向いています。教科書的なことににこだわらないで、積極的に現地に出ていって調査をすることに怖じ気づかないような人に来てもらいたい。狭く小さい専門家になろうという人にSFCは向きません。また文化人類学的には、自分自身もふくめ常識が崩されることに立ち向かえる人、行動力があって元気な人ならピッタリじゃないかな。

