- 普後 一 教授
- 東京農工大学
農学部 共生科学技術研究院生命農学部門 ふご・はじめ1949年京都生まれ。71年東京農工大学農学部養蚕学科卒。73年同大学大学院農学研究科修士課程修了。76年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。77年東京農工大学農学部助手。87年同助教授。97年より教授。02年より東京農工大学評議員を兼任。06年より現職(農学府副府長)。主な著作に『生命をあやつるホルモン』(講談社)『われら共有の農業』(古今書院)『環境昆虫学』(東京大学出版会)などがある(著作はいずれも共著)。日本動物学会論文賞および日本蚕糸学会進歩賞・同学会賞を受賞。なお、普後先生の中高生向け理科実験Webサイト「viva insecta com.」のアドレスはコチラ → http://www.viva-insecta.com/
カイコサナギなど昆虫の有効利用研究の先駆者

- 普後先生と改良コンポストの内部

- 普後研究室のある東京農工大農学部6号館
東京農工大学大学院教授(学部では農学部生物生産学科担当)の普後一先生は、学生時代から蚕糸生物学およびカイコひとすじに研究してきた。
その専門学問分野は「昆虫内分泌学」「昆虫生理・生化学」。カイコのサナギが成虫に羽化するのは、「生物時計」の支配であるホルモン(羽化ホルモン)が放出されて決定される――そのことを世界ではじめて解明したのも先生。その飽くなき研究はいまも続けられ、糸を紡いだあとに残って、産業廃棄物として処分されているサナギの有効利用について目下研究中だ。
「昔の養蚕地帯ではサナギを人間が食用にしていました。カイコのサナギは栄養価に富み、タンパク質や糖質・ミネラルなどが豊富で、その脂肪分にはDHAやEPAを多量に含んでいます。だから、そのまま捨ててしまうのは、それこそモッタイナイ(笑)。それでサナギをペットフードに利用できないか研究しています」
昔は人間が食用にしていたのだからと、研究の一環でサナギを使ってハンバーグ(ボンバーグと命名:カイコの学名「ボンビックス」とハンバーグに由来)をつくり、自ら食したこともあるそうだ。しかし如何せん味がもう1つでのど元を通らなかったと笑う先生だ。
普後先生の最近の研究のひとつにカイコを離れて「アメリカミズアブ」という外来昆虫を扱ったユニークな研究もある。
「このアブは1950年代に日本に入ってきた双翅目科の昆虫です。成虫は黒色をしているので不快な昆虫の仲間にされていますが、いたって人畜には無害なアブなのです」
このアブの生態的特徴として非常に大食漢なことがある。そのことを利用して一般家庭の生ごみを処理させようというのが普後先生の発想だ。
「一般家庭から出る生ごみは1日平均約2キロほどですが、500~1000匹程度のアメリカミズアブがいれば1日で消費してしまいます。そこで考案したのが、生ごみ容器のコンポスト(生ごみ処理機)に改良を加えてアメリカミズアブを飼育するようにしたものです。これで各家庭から生ごみが基本的に出なくなります(ただし貝殻と骨は消費されない)」
これこそが環境に負荷をかけない理想の生ごみ処理システムだと自信の普後先生。いまコンポストの改良工夫に余念のない日々だという。
農学を学ぶというのは総合自然科学を学ぶこと

- いま普後研究室は2号館に引越中だ

- 正門から続くケヤキ並木。新緑が美しい
お見受けしたところ、普後先生は非常にざっくばらんで気張らない性格のようだ。また無類の話し好きでもあって、学生たちとは友達気分で付きあっていると語る。
さて先生が担当している農学部生物生産学科とは、農業や生物産業に関する植物生産学・動物生産学(家畜・昆虫)・農業経営経済学について総合的に教育研究する学科だ。この農学という実学を学ぶメリットについて先生はこんなふうに話す。
「農学を学ぶというのは総合科学を学ぶことになります。自然科学にも社会科学にも跨がって実業・産業に裏打ちされているため、さまざまな分野にわたって学際的に学ばねばなりません。逆にいえば、だからこそ自らの興味によって生命科学や昆虫研究から生産者・消費者問題まで幅広いテーマを選んで学生は研究できるわけです」
生物生産学科の学生定員は57人、そして指導する教員は約30人。それこそ農業各分野の専門教員スタッフがいて、きめ細やかな指導がなされている。それにしても57人(1学年)の学生に30人の教員というのは国立大学ならではの恵まれた環境ともいえよう。
生物生産学科のゼミ演習および卒業論文研究は3年次後期から始まる。各研究室の定員は教員1人当たり3人程度で、普後研究室でも例年3人の学生を受け入れている。この研究室で1年半をかけてそれぞれのテーマで卒業論文研究に取り組むことになる。
「学部段階での学生実験は、ともすれば①今日は植物実験②明日は畜産実験③次は昆虫実験……というように細切れになってしまいがちです。ですから私の研究室に入った学生たちにはどんどんストーリー性のある研究室独自の学生実験をやらせて、そこから卒業論文研究のテーマを自ら探し出させるようにしています」
ところでこの普後ゼミの内容だが、これまた「昆虫内分泌学」「昆虫生理・生化学」あるいは「農学」のゼミ演習という枠に収まらないようなユニークな内容を誇る。
「ゼミの時間での発表テーマは本来の研究に必ずしも関連するものでなくていいということで、ゼミ生自身が興味をもっていること(それこそサッカーのことでもいいし音楽のことでもいい)なら何でもありというスタンスでやっています。農学は総合科学ですから、そうやって学際的かつ総体的なモノの見方を育てたいという考えでやっています」
理系それも農学系とも思えないほど実に愉しそうなゼミの様子がうかがえる。そんな普後先生の学生たちへの指導方針だが、それはたったひと言で集約される。
「ちゃんと挨拶のできること」
このあたりもまた普後先生ならではだ。
中・高生の「理科離れ」を防ぐべくWeb発信も

- 歴史を感じさせる農学部本館建物
中高生の「理科離れ」の問題が近年取りざたされている。そうした風潮を少しでも食い止め、理科系に興味をもつ中高生を増やしていきたいとも普後先生は熱く語る。
「中高生向けに理科の楽しさを知ってもらおうとインターネット上でWeb発信しています。内容的には、昆虫の行動や生態を動画や実写および関連する実験をたっぷり使って見てもらって、自然について知的好奇心や探求心を高めて理科好きになってもらえたらと思っています」
最終的な目標として、45本もののシナリオをベースに一大Webサイトを構築し、CD-ROM化して学校教材としても活用されるようにするのが普後先生の希望だ。ここのところ本来の研究以上に力を入れていると笑う先生なのであった。
最後に、現役高校生諸君に対してアドバイスをまとめてくれた。
「昆虫研究の専門家として言わせてもらいますと、虫や昆虫を毛嫌いしないで、同じ地球に生きる仲間であるという考えをもってほしいですね。そして21世紀も科学技術で日本が立国していくならば、最近の学生はあまりにもサイエンス一般に対するリテラシー(教養・能力)が低すぎると正直思います。本来の意味での循環型社会・共生型社会とは何かについて考えていてほしい。虫を見たら殺虫剤で殺すことしかイメージできないようなひ弱な都市型思考ではちょっと困ります」
こんな生徒に来てほしい
農学というのは総合科学の世界ですから、いろんな物事を知っている人(あるいは知らないことは自分から調べることを厭わない人)に来てほしいですね。いまはインターネットが頼りで辞書や事典を引く人が少なくなりましたが、辞書類もふくめて書物から学ぶのが昔も今も学生の原点であることも忘れないでください。それに新聞をぜひ毎日読んでほしい。学生の国語力が最近落ちている原因は日ごろ新聞を読まなくなったからだと断言できます。英語など外国語を身につけるより何よりも、まず国語力を身に付けてから進学すべきです。

