- 松井 彰彦 教授
- 東京大学
大学院 経済学研究科 まつい・あきひこ1962年東京生まれ。85年東京大学経済学部卒。90年米ノースウエスタン大学博士課程(Ph.D取得)。90年米ペンシルベニア大学助教授。98年東京大学大学院経済学研究科助教授。02年より現職。主な著作に『慣習と規範の経済学』(東洋経済新報社・日経経済図書文化賞)『市場(スーク)の中の女の子』(PHP)『ミクロ経済学』(共著・日本評論社)などがある。
〝帰納的〟ゲーム理論に基づく新経済学

- 松井研究室のある「経済研究科」棟
「大学の経済学部ではお金を稼ぐのに役立つことや経済実務的なことばかりを教えられるものと思っている人が多いようですが、まずそれは大きな誤解であると申しておきます。そもそも〝経済〟とは中国の故事『経世済民』が元になっています。これは『世を経(おさ)め、民を済(すく)う』という意味。つまり経済学というのは、社会をより良くするための仕組みについて考える学問分野なのです」
インタビューの開口一番そう強調するのは東京大学大学院経済学研究科(学部では経済学部)教授の松井彰彦先生だ。東京大学それも経済学系をめざす優秀な現役受験生はくれぐれも進路選択にあたって誤解のないように。
そんな松井先生の専門は数多ある経済学理論研究のなかでも「ゲーム理論」。現代経済学におけるゲーム理論とは、今日のコンピューターの生みの親である米国の数学者フォン・ノイマンが実証・考案した比較的新しい理論だ。
「人間は1人では生きられない社会性をもった生物です。まず人と人とが関係し、それが発展して組織・共同体となり、さらに国家のような大きなものにまで展開していく。その一方で、非常に微細な個体細胞間でのかかわり合いもある。そうした幅広い人の関係性について論理的に分析していくのがゲーム理論というわけです」
ゲーム理論の概論について松井先生はそう語った。さらにこう続ける。
「合理的・理性的な人間同士が社会的にかかわり合う時どのような行動様式をとるのか?それらを分析するのがゲーム理論研究の出発点でした。それに対し、試行錯誤しながらも人はより良い行動様式を選択し、その様式が生き残って行くはずという考え方が登場してきました。それらが進化論的なゲーム理論として急発展して今日に至ってきました」
ゲーム理論再構築への野望

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合理的な人間を想定する考え方こそが現在主流のゲーム理論であり、「演繹的ゲーム理論」とも言われるものだ。
「しかし人の行動はもっと複雑なのですね(笑)。合理性だけでは説明できない行動をとることもあれば、部分的な知識や経験からより一般的な法則や全体的な仕組みを見つけ出してしまうのも人なんです。こうした〝帰納的〟な面が人に備わっていることの研究はほとんど今までなされていません。そこで私はそうした面からアプローチして、ゲーム理論の再構築をめざすべく研究をしています」
社会科学あるいは科学一般のカテゴリー枠をも超越するような壮大な研究テーマへの挑戦だが、この壮挙に現在挑んでいるのは世界中で松井先生を含めごくわずかだという。その研究は道半ばで新理論構築までは未だはるかな道のりだが、その成果には世界中から注目が集まる。
このほかの松井先生の研究テーマとしては「情報の経済学」「貨幣のミクロ的基礎理論」などもあるが、いずれもゲーム理論研究に関連するものばかりとのこと。「情報の経済学」は音声やことばが意味をもつ過程の経済学的分析を、「貨幣のミクロ的基礎理論」は市場経済を媒介する貨幣についてのミクロ経済学的基礎理論の研究が主な内容だという。
経済学といっても内容は理系

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東京大学経済学部のゼミ演習は3年次から始まる。松井ゼミに所属する学生数は、少ない年で5人くらい、多い年で15人を超え非常にばらつきがある。その理由の大きなものとしては、新人オリエンテーションを既存ゼミ生に任せているからで、その勧誘テクニックの巧拙によって新入ゼミ学生の数に差異が出ることになる。ただ先生自身は入ゼミ生の数が多かろうが少なかろうが廉直としてこだわりはないらしい。
「3・4年次合同で行ない、前期はテキストの輪読、後期はゼミ生とで相談して引き続きテキスト輪読するか、あるいは論文講読にするかを決めてやっています。4年次のゼミ生には卒業論文が課せられますが、それぞれの研究テーマについてはゼミ生全員でワイワイガヤガヤやりながら彼らだけで決めてしまいます。わたしは原則として一切関与しないようにしています」
松井ゼミ独特の自主性を重んじる好ましい雰囲気が伝わってくる。ただ注意しておきたいのは、このゼミは経済学部に属するため文系に分類されるとしても、主に扱われるのは高度な数式と数字の世界が中心ということ。「ちょっと数学が苦手だから理系は諦めて文Ⅱ志望で経済でも」なんていう諸君は後で痛い目に遭うかも。当の松井先生も……
「研究内容はほとんど理系の世界です」
と語るほど。そんな松井先生の指導方針は自分の頭で考えられる学生を育てることだという。
「とにかく自分自身で考えるクセを付けてほしいと思ってやっています。とかく高校までの学習というのは、事前に与えられた課題をいかに早くそつなく解くかで優劣が決まりがちです。ところが大学の特に専門課程になると、問題・テーマの設定から、それを解くべく分析し理論化して、その成果を論文発表するまでの3段階をすべて自分1人でやり通せないことには話になりません」
深刻な問題設定能力の〝学力不足〟
この3段階のうち最近の学生に欠けがちなのが問題設定の能力――そう松井先生は嘆く。
「東大にまで進学して来る学生たちですから問題を解く能力にはさすがと思わせるものが皆あります。しかし問題設定については、以前と比べても見劣りのする学生が最近目立ちすぎます。これは高校までの学習指導に問題があるのかも知れませんね(笑)」
「将来どこの企業や官庁に就職するか、あるいは研究者の道を進むにしても、実際にそこで問われるのは企画力、つまり自分で自分の仕事をつくり出せるかどうかということです。だからこそ私はこちらから卒論テーマなどを与えないようにして、あえてゼミ生自身でテーマ設定させるようにしているのです。問題設定さえよければ、内容的に多少劣っている論文でもOKというスタンスでやっています」
ところで松井先生は専門課程や大学院だけでなく、駒場キャンパスにおいても教養課程の学生を対象にした「全学自由ゼミ」としてゲーム理論の講義を受け持つ。これは文理の類科を問わずに1・2年次学生なら誰でも受講できるゼミ演習だが、当然ながら定員枠はある。その定員20人のところに、受講希望者が100人を超える人気ぶりを示したという。
ところでその自由ゼミの選抜方法だが、当然ながらというか何というべきか、当日の〝ゲーム〟の勝ち抜き者たちがゼミ受講の権利を得ることになるという……。
こんな生徒に来てほしい
いろいろな人に来てほしいです。そのうえで、学問以外を含めてより多くの経験を大学時代に積んでもらいたい。いろいろな経験を積むことで、物事を一面的・断定的ではなく柔軟かつ多面的に見る視点が養われます。そういう意味でも、ありがちな型にハマった無個性の人には来てほしくないなぁ(笑)。どうか自身の力で考えて解決していくクセと方法を身につけてほしい。そうすれば、学問においても人生においても自分が本当にやりたいことを大学4年間で見つけられるでしょう。

