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Good Professor

吉村 浩一

吉村 浩一 教授
法政大学
文学部 心理学科

よしむら・ひろかず
1951年大阪生まれ。75年京都大学教育学部卒。80年同大学大学院教育学研究科博士課程修了。80年京都大学教養部助手。83年金沢大学文学部講師。86年同助教授。00年明星大学人文学部教授。03年より現職。主な著作に『運動現象のタキソノミー(分類学)』『鏡の中の左利き』『逆さめがねの左右学』(いずれもナカニシヤ出版)などがある。

〝逆さめがね〟を駆使する知覚心理学とは

由緒ある法政大学の正門プレート
由緒ある法政大学の正門プレート
吉村研究室のある「80年館」校舎
吉村研究室のある「80年館」校舎

法政大学文学部に心理学科が誕生したのは2003年のことで、来春07年3月に第1回卒業生を送り出す新しい学科だ。学科開設に合わせて就任した吉村浩一先生に今回は登場願おう。まず先生は、心理学について誤解をしている人が多すぎるという話から始めてくれた。

「心理学といいますと、すぐに臨床心理学などを連想して、心の病について学ぶ学問だと思っている人が多いようですね。しかし人の心というのはもっと広いもので、ものを『知覚する』『記憶する』『思考・推理する』なども心のはたらきに含まれます。そうしたものまで広くとらえていくのが心理学なのです」

心のはたらきの知性的な面をとらえて研究する心理学の一分野として「認知心理学」があるが、吉村先生はそのうちの「知覚心理学」を研究テーマにしている。人がものを見て知覚するメカニズムを解明しようという研究だ。

この研究のために吉村先生が主に使用している実験道具は〝逆さめがね〟という一風変わったもの。このめがねを着けると、種類によって、目の前の風景の左右が逆転したり、上下が逆転あるいは左右上下の両方が逆転して見える。これを被験者が一定期間着けて生活し、その知覚様式の変化について研究していく。

「わたしが研究しているのは、ものを見て知覚するという心のはたらきです。ものを見るには運動が密接に関係し、その仕組みは非常に巧妙にできています。そうした知覚と運動の関係や仕組みをいったん壊してみようというのが逆さめがね実験の発想です」

見て知覚する脳内システムのさらなる解明

市ヶ谷キャンパス中庭から「ボアソナードタワー」
市ヶ谷キャンパス中庭から「ボアソナードタワー」
07年完成めざし「市ヶ谷複合施設」が建設中
07年完成めざし「市ヶ谷複合施設」が建設中

80年代まだほとんどの研究者が注目しないなか、吉村先生は自ら被験者となってこの実験を始めた。

「大学の夏休みの2週間逆さめがねを装着しつづけて生活しました。6年間にわたり4回に分けて各種めがねを着けました。装着当初の混乱ぶりは大変なものです。着用する前は、上下が逆転した世界で行動するほうが大変そうと予測する人が多いのです。しかし実際には、左右が逆転した世界で行動するほうがはるかに大変なのです」

このことは吉村先生ばかりでなく、ほかの被験者からも同様の報告を得ている。こうした実験を繰り返してデータを集めることによって、上下・左右の方向性が人間にとってどういう意味をもつかが検証されていくことになる。

「人間にとって上下というのは区別のはっきりした方向軸です。上と下では意味も質も違うので、視覚的に入れ替えられてもそうそう騙されない。ところが左右が入れ替わると、風景に違和感がないだけに間違えやすく混乱を起こしやすいのです」

「そんなことは実験するまでもなく頭で考えれば分かるだろうという人がいるかもしれません。しかし心理学では、頭の中で考えるだけではなく、主張する根拠をデータとして証拠提出することが重要なのです。けっして机の上だけではできない学問であることを理解してほしいですね」

逆さめがねそのものはプリズムの光屈折を利用して制作されるが、従来は視界が狭いという問題点があった。そこで吉村先生は、めがねの片側に3個のプリズムを組み合わせることで左右の視界を約120度にまでに広げた逆さめがねの作成に成功している。この世界初の「広角左右逆さめがね」の誕生によって、人がものを見て知覚するという脳内システムのさらなる解明が期待されている。

大学時代にこそ「自分は何者なのか」悩み抜こう

120度広角の「逆さメガネ」概念図 1
120度広角の「逆さメガネ」概念図 1
120度広角の「逆さメガネ」概念図 2
120度広角の「逆さメガネ」概念図 2

法政大学文学部心理学科のゼミ演習は2年次から始まる。吉村先生の研究室では例年10人前後のゼミ生を受け入れている。このうち2年次のゼミ生は心理学研究の基礎的トレーニングをし、3年次になるとそれぞれ個人でテーマを立てた研究に入り、4年次の卒業研究に向かうという段取りとなる。このゼミ生の研究テーマだが、知覚心理学から必ずしも選ぶ必要はないというのが先生の一大方針だという。

「とにかくゼミ生には心理学を広くとらえてほしい。知覚心理学や逆さめがね等にこだわらず、ゼミ生それぞれの興味あるテーマについて自由に研究すれば良いと思っています。ただ、どんなテーマであっても科学的な検証に耐え得るデータを生み出し、それに基づいて議論を進めるのが基本になります」

あらためて学生への指導方針については次のように語る。

「学問というのは、自分がいきなり始めるというより、先人の業績の上に立って継承・発展させていくものです。そして他人や先人の研究成果を利用するときは必ずその引用元を明示しなければなりません。それが学問をするうえでの最小限のマナーです。それらをキッチリ守ったうえで自分で考えることを身に付けるように指導しています」

つづいて吉村先生は現役高校生諸君に向けても大学生活4年間のもつ意味について語ってくれた。

「昨今の受験生の皆さんの大学選びの様子を見ていますと、卒業後の就職先ばかりを見据えて選んでいる人が多いようですね。これは、この豊かな時代にあって非常に貧しい精神構造だと思います。長い人生において本当の意味で自身と向き合って自分を見つめられる自由な時間は大学の4年間までです。その貴重な4年間を就職や資格うんぬん等の理由だけで決めるとすれば、最後の機会をみすみす放棄するようなものです」

「人間というものは人生のどこかで必ず悩むものです。逆説的にいうと、悩んでいい時に悩んでおかないと将来かならず悩むことになります。大学で学ぶということは、万人が認める〝定説〟を理解して暗記するような高校までの〝お勉強〟ではなく、あくまで自分自身で主体的に考える姿勢が基本となります。そういう意味で、大学に入学してカルチャーショックを受ける人が以前より多くなったような気がします。人生を見つめるべき青春の4年間をまともに受け止め真剣にぶつかって欲しいですね」

あくまでも淡々とした吉村先生の語り口……。しかし、21世紀初頭のこの騒々しい不透明な時代に青春時代を過ごす者たちの心にも染み入ること必定の教訓に満ちている。

こんな生徒に来てほしい

心理学において青年期はアイデンティティーを確立する時期とされ、そのためには「危機」を体験するべきだとされています。ですから、大学時代は自分の将来や人生について大いに悩んでほしい。ところが最近は、あまり思い悩まずに危機を経験しないのが上手な生き方だと思い違いしている人が多すぎます。それだと危機を将来に先送りしているだけのこと。大学時代4年間の貴重な時間をかけて「自分は何者なのか」を真剣に考え抜くような人と心理学をいっしょに研究できれば最高ですね。

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