- 蟹瀬 誠一 教授
- 明治大学
文学部 文芸メディア専攻 かにせ・せいいち
1950年石川県生まれ。74年上智大学文学部新聞学科卒。米AP通信・仏AFP通信の記者をへて、87年米ミシガン大学大学院に留学。88年米『TIME』誌東京特派員。91年TBS『報道特集』を皮切りに報道TVキャスターに転身。同番組をはじめ『ザ・ニユースキャスター』『ステーションEYE』『スーパーモーニング』(いずれもテレビ朝日)などで国内・国際問題を鋭く突く報道ぶりで定評を得る。04年明治大学文学部文芸メディア専攻教授。現在も教授のかたわらジャーナリスト・報道キャスターとしても活躍。また国際ボランティア・環境NPO活動にも積極的に参加。受賞多数。主な著作には『ジャーナリズムの条件』(岩波書店)『構想日本第2巻 現代の世直し』(水曜社)『新・リーダーの条件』(上智大学出版・著作はいずれも共著)などがある。
「現場」から学ぶジャーナリストへの道

- 新生名大の象徴「リバティタワー」
日本の大学における文学部「地盤沈下」が相当なことになっている――そう言われ続けて久しい。各大学とも「文学部再生」を懸けて様々な試みがなされてきたが、明治大学においても「文芸メディア専攻」を04年に開設して注目を集めている。
同専攻の特徴といえば、21世紀を迎えてますます 複雑化・デジタル化するメディア環境のなかで文章表現によって自己実現することのできる人材の育成をめざす――もっと平たくいえば、実践的なジャーナリストの育成をめざした専攻ということになる。
この文芸メディア専攻開設にあたって専任教授として招聘されたのが、現役のジャーナリストにして報道キャスターでもある蟹瀬誠一氏だ。その蟹瀬先生に、まずはジャーナリストと教授職との「二足のワラジ」を履くの弁から聞いていこう。
「まず学生諸君に私が語ることができることはと言えば、現実のマスメディアおよびジャーナリズムの世界でいま何が行なわれ、どんな問題がどう変化しているのかなど、現場に身を置く者としての話が中心になります。また私自身が現役ということで、同じ時代の流れに即した講義ができるというのが大きなメリットになるのではないでしょうか」
いうまでもなくジャーナリストを目指すうえで最も大切なのは自らの意見を持つ姿勢ということになる。ところが、いまの日本の若者に一番欠けていることこそ実はこの点なのだと嘆く。
「日々変化している報道現場のなかで働くためには、自分の意見を持つことが非常に重要になります。仕事柄わたしは世界各国の若者と話す機会が多いのですが、日本の若者が自分の意見・意思・価値観を最も持ちませんね。せっかく教える機会を得たわけですから、日本の若者のそうした面についても育ててあげられたらと思っています」
「談合」ではなく「原則」からのジャーナリズム

- 明治大学駿河台校舎の全景
現役のジャーナリストである蟹瀬先生は、世界中のニュース現場の修羅場を駆け巡りながら多くの歴史的スクープをものにしてきた。西側記者としては初のロシア秘密戦略原子力潜水艦取材、ロシア極右政党「自民党」党首ジリノフスキー氏への単独インタビュー、そして当時のペルー大統領フジモリ氏取材など……
「大学を出てから私はAP・AFP・TIME誌など海外のメディアを中心に活動してきました。日本メディアの記者クラブに代表される『談合型メディア』の場合と違って、海外メディアで働くジャーナリストたちは常に報道原則について考えながら取材しています。我々の仕事の使命は何なのか? 報じて良いことといけないことなどの大原則ですね。それが私のジャーナリストとしてのバックボーンになっています」
取材報道する側やジャーナリスト個人の視点・立場について鈍感・無思慮ないわゆる「不偏不党な報道」などというものは実はあり得ない。取材で得た情報から、何を取捨選択し、分析し、判断し、いかにして事件・ニュースの本質に迫るのか? そのジャーナリストとして本来あるべき姿は海外メディアのライバルたちによって鍛えられたと語る。
さらに、自らのジャーナリストたる自戒として蟹瀬先生は以下の3つの「う」を心がけているという。
1) ウソをつかない
2) 疑い深くあること(ウソの情報にだまされない)
3) うまく見せ、うまく書くこと(視聴者・読者に正確に伝わるよう努力する)
こうしたジャーナリスト・報道キャスターとしての豊富な実体験から得られた講義は学生たちに大人気なのは言うまでもない。ときには大教室が300人以上の学生で埋まることもある。蟹瀬先生の仕事における実績もさることながら、その論理的な語り口とスマートな容姿にも人気の秘密がありそうだ。
「好き」を見いだせない現代学生気質
明治大学文学部に文芸メディア専攻が開設されたのは04年4月で、現在3年次の学生が最上級生になる。したがって卒業生はまだ出ていない。
同専攻では正式なゼミ演習制度は採っていないが、ゼミ形式の授業はさかんに行なわれている。対象は3年次の学生からで、蟹瀬先生のゼミ形式の授業では現在25人が学ぶ。当然ながら多数の応募から選抜された幸運な学生たちだ。このゼミ授業について蟹瀬先生は次のように語る。
「大学での主役は学生の1人ひとりであるというのが私が教授職をするにあたっての基本的考え方です。ですから、学生たちの主体性を重視して彼ら自身がやりたいことをやれる状況をつくってあげたいと思っています」
有名ジャーナリストにして人気教授たる蟹瀬先生自身の口から「大学の主役は学生である」と聞くのはやや意外な気もするかもしれない。しかし先生は文字どおり本気で学生たちに立ち向かおうとしている。その真剣・真摯な態度は本物だ。
蟹瀬先生のゼミ形式の授業では、3年次前期がグループ研究、同後期からは4年次の卒業論文につながる個人研究というスタイルをとる。
「ゼミ生たちの主体性を生かすために個人研究では『自分の好きなことをやってみなさい』と言っているのですが、好きなことや興味あることが自分でも分からないというような人があまりに多いので驚かされます。最近の学生は教え与えられることに慣らされ過ぎているのでしょうね」
孤独と貧乏に耐えるタフさがあるか?
現代ニッポンにありがちな「モラトリアム学生」に驚き呆れているばかりの先生であるはずもない。それで蟹瀬先生は学生と個別に徹底的に話し合って、それぞれの学生の興味あるものを引き出すようにしている。そのあたり労を惜しまない熱い蟹瀬先生なのだが……
「おかげで本来の報道キャスターなどの仕事をする時間が取れなくなってしまって……」
と苦笑いの表情は隠せない。
ここで注意したいのは、この専攻で学べば全員がジャーナリストや報道キャスターになれるわけではないということだ。当然のこととして、向き・不向きとかマスコミ業界の事情とか様々な要素が複雑に絡み合ってくることになる。そうした点には蟹瀬先生もジレンマを感じるとしながら、次のように話してくれた。
「先ほども言いましたように、文芸メディア専攻では、情報の収集から分析し判断し行動するまでがひと通り学べます。これらは一般ビジネスの世界でも十分に通用することですから、自分の将来をあまり狭い世界に限定しないで学んでいってほしいですね」
最後に、ジャーナリスト志望の有為な学生諸君のために蟹瀬先生はズバリ直言してくれた。ジャーナリストになるための向き・不向き以前の条件として、孤独と貧乏に耐えられる精神的・肉体的タフさこそが求められる――
こんな生徒に来てほしい
世の中のいろいろなことに好奇心をもっている若者がいいですね。何事に対しても「なぜなんだろう」という疑問や興味を感じる人に集まってもらいたい。何事が起こっても「まぁそんなもんか」などと関心を示さないような人には私自身興味がありません。近所で火事があったら走ってでも見に行くような好奇心。それこそがジャーナリストの原点なのです。

