- 金子 隆 教授
- 慶應義塾大学
商学部 かねこ・たかし
1953年埼玉県生まれ。75年慶應義塾大学経済学部卒。77年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。経済学修士。80年同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。78年慶應義塾大学商学部助手。82年同助教授。92年より現職。この間86年米フロリダ大学ファイナンス学部訪問研究員。97年同大学訪問教授。主な著作に『現代金融市場論』(学文社)『ゼミナール現代の銀行』『日本人の金融資産選択』(ともに東洋経済新報社)などがある(いずれも共著)。
金子先生のWebサイトアドレスはコチラ → http://www.fbc.keio.ac.jp/~kaneko/
新規株式公開における価格形成研究の第一人者

- 金子研究室のある三田キャンパス「研究室」棟

- 初秋の慶應義塾大学三田キャンパス全景
「慶應の商学部では、1・2年次に『経済学』『数学(とくに微積分)』『統計学』を必修でみっちり学習させられます。ですから、そうした科目が苦手だと専門の授業についていくのが困難になりますよ」
取材冒頭からそうクギを刺すのは、慶應義塾大学商学部の金子隆先生だ。ともすれば商学部といえば、文系にあって経済理論や数学が苦手な人が進む実学系学部という印象がある。しかし慶應の商学部では、そのあたり入学早々からみっちり叩き込まれるらしい。進路選択にあたっては十分に心しておきたい。
「慶應の商学部の場合、商学の基礎として経済学を重視している点が大きな特徴です。商学部の専門分野は、経営学・会計学・商業学そして応用経済学の4本柱から成っています。これらはいずれも企業や家計の経済行動を分析対象とする学問であり、経済学的思考がベースになければいくら習得しても社会に出てから役に立たないという考え方が根本にあります」
金子先生の専門は「応用経済学」のうちでも金融論とりわけファイナンスと呼ばれる学問分野。なかでも主要な研究テーマとしているのは「新規株式公開(IPO)における価格形成のメカニズム」についてだ。
「わたしが研究しているのは、証券取引所で株式が新規に公開される際、株価がどう形成されるかについてです。それまで非公開だった株式をいきなり公開したのでは、一般投資家はだれもその株を保有していませんから、なかなか取引は成立しません。そこで新たに株式を上場する企業は、公開直前に株式を発行して証券会社から投資家に割り当てておき、公開日以降に取引が活発に行なわれるよう工夫します。その際これまで市場で取引されたことのない株式がどのように値付けされるのか、多くの場合において公開日に株価が大きく上昇するのはなぜか――そういった問題を研究しています」
90年代前半に金子先生がこの研究を始めたとき、同分野の研究者は国内では皆無に等しかった。つまり日本におけるIPO価格形成研究の道に先鞭を付けたのは先生であり、いまやその第一人者と目されている。
このIPOの価格形成については金子先生の中ではメカニズムがおよそ解明されているのだが、それをここで安易に紹介して誤解を生んではいけない。その詳細については、慶應義塾大学商学部の難関入試を突破して先生の講義を直接受けてもらうのが一番だろう。
「予想の異質性」から迫るギャンブル行動のなぞ

- この「塾監局」など歴史的建物も多い
さて、金子先生にはもうひとつ学者らしからぬ珍しい研究テーマがある。いわく――人はなぜギャンブルをするのか?――。ギャンブルがテーマだからといって、いわゆるサブカルチャー的な研究とか遊び半分な気持ちで取り組んでいるのでは決してない。いたってアカデミックな研究なのだ。
「この問題に関心を持ったのは、競馬のような投票式ギャンブルと株式投資との間に重要な共通点があるからであって、けっして株式投資をギャンブル視しているからではありません。それは、人々が儲けを目的としてギャンブルや株式投資に参加している限り、彼らの予想がすべて同じだったら取引は成立しないという点です。たとえばディープインパクトが勝つと全員が予想したら、オッズ(払い戻し倍率)は1となって誰も馬券を購入しようとはしません。ソニーの株が値上がりすると全員が予想したら、売りに出る人がいませんから売買は成立しません」
なるほど、そう言われてみれば確かにそうだ。
「ところが従来の経済学やファイナンス理論では『人々は同じ情報を与えられたら同じ予想をする。違う予想をするとしたら、それは一方に正しい情報を持っている人がいて、他方に正しい情報を持っていない人がいるから』と考えます。はたしてそうでしょうか? 予備知識に差のない人たちに同じ競馬新聞を与えたら、どの馬が勝つかみんな同じ予想をするでしょうか。人間というのはそこまで同質的で機械的な存在ではないはずです」
これまでの経済学がそんな機械的な人間観を想定をしていたとは、その方がむしろ驚きだ。
「合理的な経済人を仮定した経済学やファイナンス理論をずっと学んできて、わたしは今でもその妥当性や有用性を信じています。しかし『予想の同質性』を仮定する点だけは受け入れがたく思っています。株式の売買が成立して価格が変動するメカニズムを真の意味で解明するためには『予想の異質性』を全面的に認める必要がある――これは私の信念にも似た考えであり、この解明に向けての手掛かりを得るためにギャンブル行動に目を向けた次第です。しかし今もなぞは深まるばかりです」
「予想の異質性」を軸にギャンブル行動の解明をめざして寸暇を惜しんで研究を進める金子先生だが、なかなか一筋縄ではいかないようだ。ファイナンスに関するオフィシャルな研究に取り組む先生だが、このように人間味あふれる研究に勤しむ一面もあるのだ。
「知る」から「わかる」への転換を!

- いつの世も慶應のシンボルである福沢諭吉像
慶應義塾大学商学部のゼミ演習(研究会)は3年次からで、3・4年次合同で行なわれる。金子ゼミでは例年15人前後のゼミ生を受け入れている。3年次のゼミ生は、ファイナンスに関するテキストの輪読のほかに、ファイナンス理論の習得に必要な経済学・数学さらにパソコンを使った統計解析手法をあらためて叩き込まれる。そのうえで4年次の1年間を卒論研究に充てることになる。こうしたゼミ学生への指導方針については次のように語る。
「卒論ではファイナンスに関する現実的諸問題を課題に取り上げる人が圧倒的に多いのですが、こうした研究自体が社会に出てすぐに役立つとは実は思っていません。むしろ学生たちに身につけてほしいのは、先入観や通説に惑わされることなく物事の是非を客観的に判断し、自分の考えを説得力ある形で他者に伝えられるようになることです。そのためには論理的な思考能力と、主張の裏付けとなる証拠を提示する能力が必要となります。経済学やそれを基礎に展開される商学は、こうした能力を養うのに最適な学問だと思います」
最後に、大学進学への岐路に悩み多き現役高校生諸君に向けて「大学において何を学ぶべきか」について話してくれた。
「人によって考えは違うでしょうが、大学で学ぶ者にとって重要なのは『知識を得る』ことではなく『物事の本質を理解する』ことだと私は思います。高校までは『覚える』だけでも良かったのですが、大学ではさらに『わかる』ことが求められます。知識というのは必要に迫られればいつでも身につくものですし、時間がたてば陳腐化してしまいます。それよりも何故そうなるのか、どうしてそれが問題なのか――など物事の本質を理解することの方がはるかに重要です。応用がきくという意味で社会に出てから本当に役立つのはこちらの方だと思います」
どうやら慶應義塾大学商学部は経済学理論の基礎から理解することが求められるという意味でも「難易度」の高い学部のようだ。貴重な若き日の4年間をこのハードな学びの場に身を置いて自ら鍛え抜いてみる――それこそ「一生モノの財産」ともなることだろう。
こんな生徒に来てほしい
これは高校生を指導されている先生方にも申し上げたいのですが、よく数学が得意だから理科系に、不得意だから文科系に進学させるという話を聞きます。しかし、それは大きな間違いだと思います。理系でも数学を必要としない学問分野はありますし、逆に、数学的思考が不可欠な文系の学問分野もあります。当たり前のことですが、大学進学先の決定で重要なのは本人が何を学びたいかでしょう。多くの場合、数学や外国語などは学問を身に付けるための道具に過ぎません。本人が何を学びたいかを見極めることの方がもっと先決です。そのためにも、たとえば新聞を毎日じっくり読むなどして世の中の動きに関心をもってもらいたいと思います。










