- 黒田 真也 教授
- 東京大学
大学院 理学系研究科 くろだ・しんや
1967年兵庫県生まれ。91年神戸大学医学部卒。91年同大学医学研究科大学院入学。94年大阪大学医学研究科大学院博士課程転入。95年同修了。95年奈良先端科学技術大学院大学助手。00年米コロンビア大学留学。02年東京大学大学院特任助教授。06年より現職。この間に科学技術振興事業団委員なども兼任
黒田先生が主宰する「黒田研究室」のWebサイトアドレスはコチラ →http://www.kurodalab.org
21世紀の生物学「生物情報科学」「システム生物学」とは

- 黒田研究室のある東大本郷「理学3号館」

- 理学部へ通ずる本郷キャンパス「浅野正門」
日本一の伝統と権威を誇る東京大学の教授に他大学出身の若い研究者が登用されるのはあまり例がないが、大学院理学系研究科(学部は理学部担当)の黒田真也先生はまだ30代の若さだ。逆にいえば、それは先生が優秀でいかにその将来が嘱望されているかということでもあろう。その黒田先生がいま研究しているのは「システム生物学」という新学問領域だ。
「これまでの生物学の研究は遺伝子なり分子なりの1つひとつの分野を対象にして研究する例がほとんどでした。しかし、これらを個別で見ていても生物のことは何もわかりません。近年ヒトを含む生物のゲノム構成が明らかになりました。ますます部分と全体をつないでシステムとして生物をとらえる必要が出てきたのです。これがシステム生物学になります」
このうち黒田先生がいま研究テーマにしているのが「シグナル伝達」というシステムについてだ。外界からの情報(シグナル)に対しヒトなどの細胞は分子ネットワークからなる情報処理機構(シグナル伝達機構)を用いて生命現象を制御している。
「その生命制御ネットワークの仕組みについて解析研究しています。具体的には①ガン(悪性新生物)の細胞はなぜ発生するのか②メタボリック・シンドローム(内蔵脂肪型代謝異常症候群)にも関連するインスリンによる代謝機構の仕組み③脳の記憶とか学習などを制御しているタンパク質分子のシグナル伝達のネットワーク構成――についての研究になります」
このシグナル伝達機構は要素も多く複雑なため、各個の分子の情報を生命現象に関連づけるだけでは全体を理解できない。かといって多くの場合、コンピューター・シミュレーションの入出力データからモデルを推定する最新の手法でも、そのモデル決定すら容易ではないという。
「そこで私たちは、シグナルと伝達機構の双方を突き合わせながら何回もフィードバックさせて解析する手法で実験を繰り返しました。細胞においては分裂して増殖していく現象と、分化して別のものに変化していく現象があります。この過程は、同じ刺激であっても刺激の投与速度と濃度という異なる物理的な情報量に依存していることを発見しました」
この黒田先生の功績が認められて06年度「若手科学者賞」(文部科学省)が授与された。あらかじめ用意した資料に沿いつつ、やや早口ながら黒田先生は「理系音痴」の筆者に実に丁寧に説明してくれる。その研究に懸ける熱のようなものが取材する側にもどんどん伝わってくる。
東大新学科「生物情報科学科」とは?

- 晩秋の日の東京大学理学部の建物群

- 隣接する「弥生式土器発掘ゆかりの地」碑
さて、東京大学理学部では明07年度から新たな学科が創設される。その新学科の名称は「生物情報科学科」。教員スタッフは理学系研究科と新領域創成科学研究科に所属するが、あまたいる理学系研究科教授の中心になるのが黒田先生なのだ。東京大学では入学後2年間は駒場キャンパスでの教養課程履修があるため、本郷キャンパスで専門課程指導が始まるのは3年後になるが、その新設学科について先生に聞いた。
「生物情報科学科で中心に教えるのはまさにバイオインフォマティクス(生物情報科学)とシステム生物学ということになります。といいますのも、この分野の理論と実験の双方に精通している研究者はほとんどいないのが実情で、そうした研究者の育成がまず急務だからです」
新学科の定員は10人。カリキュラム内容としては、生物系と情報系の基礎および生物情報科学の講義が中心になるという。
「このうち生物情報科学はまったく新しい学問分野で、国内・国外を問わず学部レベルで教えている大学機関は現在ほとんどないはずです。この学科で学ぶことによって、生命現象をシステムとしてとらえるその理論と実験に精通した人材、とくに専門教員の育成を急ぎたいわけです」
いままでは理学部で学ぶ東大学生で大学院進学を希望する者は直属の理学系研究科に進むのが通例だった。それがこんど創設される生物情報科学科は学部の所属こそ理学部だが、大学院は理学系研究科生物化学(本郷)と新領域創成研究科情報生命科学(柏の葉キャンパス)に進むことになる。このうち、大学院のほうで生物情報科学を担当する中心教授は、すでに本欄でも紹介しているあの高木利久先生でもある。
「若き日の直感」こそ科学者の真骨頂

- シグナル伝達機構のシステム生物学的解析モデル
ふたたび黒田先生に戻って、新設・生物情報科学科で学ぶための心構えについて話してもらった。ここで、そのいくつかを紹介しておきたい。
「この学科で学ぶためには『生物学は得意だが、数学と物理は苦手』というような人にはちょっと厳しいかもしれません(笑)。まぁ生物情報科学に限らず、これから生物学に取り組もうという人にとって数学・物理は必須の領域になるでしょうけれど」
「高校時代において生物学そして数学・物理を学ぶにあたっても、いわゆる難問・奇問が解けることが重要ではありません。それぞれの基本をよく理解しておくことが大切です」
「生物情報科学学科での実際の講義は今までの生物学とは毛色の変わったものになるはずです。実験と理論をフィードバックさせながら有機的につなげていくスタイルになると思います」
「科学研究の分野でよく誤解されるのは直感についてでしょう。科学の世界においても、膨大に存在する研究課題のどこに目を付けるのかは自らの直感しかありません。ただし、そこから実験を繰り返して体系を積み上げ、その結果とか理論解釈については直感だけに依存するわけにはいきません。ちょうど、どの山に登るのかは登山家の直感なのとよく似ていますね」
「大学の研究でいちばん重要なのは、何が問題なのかを見つけることです。これは、教え与えられる高校までの学習にはなかったものです。そもそも大学とはそういところだと理解したうえで来てほしいです」
「もうひとつ大切なことはいい師匠を選ぶということです。たとえばピアノや水泳などの練習でも、プロのいい先生に付いたほうが上達が圧倒的に早く、将来にわたり質的な違いを生み出します。研究者個人の能力が問われるのはあるレベルを超えた先のことですから、基礎的な知識とか手法についてはいい指導者について学んだほうがいいのです」
世界中の生物学研究者が注目する生物情報科学科は07年4月いよいよ始動する。
こんな生徒に来てほしい
わたし自身の経験から話しますと、高校生時代は数学と物理が得意で、大学は理学部に進学したいと思っていました。しかし、ある事情から医学部に入ることになり、その後も曲折があってシステム生物学を研究するようになりました。つまり高校生のころに目指そうとしていた理学の世界に戻ってきたわけです。みなさんも高校時代のいま本心からやりたいと考えていることを忘れないでほしい。それと何といっても直感! 受験勉強は大事だとしても、肝心な直感力をすり減らさないようにしてくださいね。

