- 芳沢 光雄 教授
- 東京理科大学
理学部 大学院 理学研究科 よしざわ・みつお
1953年東京生まれ。75年学習院大学理学部数学科卒。80年理学博士(学習院大学での最初の数学の博士号取得者)。81年米オハイオ州立大学博士特別研究員。83年慶應義塾大学商学部助教授。95年城西大学理学部教授。00年より現職。主な著作に『算数・数学が得意になる本』(講談社現代新書)『数学的ひらめき』(光文社新書)『置換群から学ぶ組合せ構造』(日本評論社)などがある。
ひとりの数学嫌いも出したくない

- 数学教室・芳沢研究室のある理科大若宮校舎

- 冬のある日の東京理科大キャンパス全景
東京理科大学理学部数学教室には「この人あり」ともいう名物教授がいる。数学教育に並々ならぬ情熱を傾けるあの先生、算数の絵本『ふしぎな数のおはなし』(数研出版)等でもおなじみの芳沢光雄先生その人だ。
芳沢先生の専門は「置換群論」と「数学教育」。90年代半ばまでは置換群論についての研究が中心だったが、最近は数学教育についての研究や発言を続けている。
「置換群論というのは、たとえば4×4のマス目のなかに1~15のコマを順番に移動させていく『15ゲーム』やルービックキューブ・アミダくじなどを具体例として、それらを数学的に抽象化させた概念のことだと言えます」
芳沢先生は、この分野に関心をもたせるために球体上の10色を合わせるゲーム「マジック10」を自ら考案制作している(世にあるのはその1つだけ)。また最近「偶置換・奇置換の一意性」という大学初年級の定理をアミダくじ的な別証明も与えている(『数学的ひらめき』参照)。
ところで大学生(そして小・中・高校生)の学力不足問題が巷でかまびすしい21世紀初頭のニッポン的状況において、芳沢先生が今いちばん力を入れているのは数学教育についての研究だ。
現下の数学(算数)教育の問題点を指摘し、それらが数学嫌いを作り出してもいると訴えつづけてきた。そして、その対策として子どもたちに数学の真の面白さを教えるべく、全国各地の教員研修会での講師として数学教育関係者に改善策を訴えつづける伝道者・イデオローグとしての役目も自ら担ってきた。
「多くの子どもたちが数学につまずくようになった原因のひとつに『すべての~』と『ある~』の用法というのがあります。すべての未知数x(エックス)で成り立つ恒等式と、あるxにしか当てはまらない方程式を混同している生徒が昔と比べてかなり増えています。ドリル的な形式的計算技術をただ丸暗記して満足しているだけだと、数学科の大学生になっても違いを理解できないことがあります」
マークシート設問が論理的思考を阻む

- 東京理科大神楽坂キャンパス1号館近影
「もうひとつ、昨今の数学試験におけるマークシート形式の問題にも根本的な欠陥がありますね。そもそも数学の学習においては一般論を積み重ねていくことが重要なのですが、一般論を展開していく良問をマークシート形式で出題すると、具体的な数字を代入されると答えがバレちゃいます。要するに、ちゃんと問題を解けなくても正解だけは見つかってしまうという欠陥があります。それより証明文をきちんと書くことが一番大切なのです」
ますます国際化・デジタル化していく21世紀は、暗記力よりも論理力を重視する教育が大切などと言われている。結果や結論よりプロセスを大切にしなくては――芳沢先生はそう力説する。
しかし相変わらず前に進まない教育行政を批判するだけの芳沢先生ではあり得ない。この隘路からの打開策のひとつとして、「3」に着目する学習を独自に提唱している。
「なぜ『3』に着目すべきかといいますと、たとえば小学校では2つの数字による計算ばかりを教えていますが、3つ以上の数字を使った計算で――2+3×4=20――などと誤ってしまう生徒が4年生より6年生のほうが多く4割にも達するという国立教育政策研究所の調査結果が発表されています。また、高校2年生における積分の計算では2次の多項式までしか扱わないことになっています。しかし3次(以上)の多項式こそが面積などを求める積分計算の醍醐味なのです。図形の学習も3次元こそが本当は大切なのです」
このほかドミノ倒しやアミダくじの規則等を子どもたちに説明するにも「2」個や「2」本の縦線だけでは不十分で、「2」を「3」にするだけでずっと理解しやすくなる。女性が好きな指輪の3連リングも「3」以上だからこそ意味をもつのだ。
こうして受験科目でもっとも点差が開く「嫌みな教科」として、また「サイン・コサインなんになる」とばかりに「実社会で役に立たない学問」として、数学(算数)に対する困ったイメージが定着していく。そして「科学立国」「教育立国」以外に希望が当面見えないこの国に「数学アレルギー」がますます蔓延する。この悪循環をなんとしても断ち切らなくては――芳沢先生はそう考える」
数学・算数の本質に迫る「出前授業」とは

- 自作ゲーム「マジック10」を手に芳沢先生
芳沢先生は、要望さえあれば全国どこでも小・中・高校へ積極的に出かけていって、数学(算数)の出前授業を行なっている。こうした授業において、数学は正答・正解に至るプロセスをきちんと理解することが大切――そうしたアドバイスを悩める子どもたちに飽きることなく説きつづける。
「小学生の授業においては、データからのジャンケンの有利な方法、アミダくじの仕組み方、牛乳パックの体積の謎などの身近な話をすることが多いですね。また高校生対象の出前授業では、なかなか理解しにくい対数計算の説明にヤミ金融の高金利を例にして説明したりします。消費者金融のグレーゾーンが廃止されてどの程度返済が違うのかなど、等比数列の和の話にも生徒は目を輝かして耳を傾けてくれます」
その証拠に、芳沢先生の下には出前授業を受講した児童・生徒たちから礼状や感想文が多く寄せられる。06年度だけでもなんと1000枚近くの感想文が集まっているという。
「これらは私にとって何よりの宝物なんです」
そういって微笑む芳沢先生。数学嫌いの子を1人でもなくしたいという情熱のたまものでもある。
「幼い子どもの頃から積み木や綾とりで遊び、あるいはハサミを使って展開図をつくってみる。中学生・高校生になったら自ら図形の作図をやって楕円や放物線を描くというように実際に手を動かして学んでいってほしい。ところが、そうした具体的な経験を積まずに算数・数学を学んできた人が以前にも増して多くなっています。そして、どうも彼らは幾何学的センスが弱い傾向にあるようです」。」
桜美林大学「リベラルアーツ学群」数学教授へ

- 若宮校舎へ続く「庚嶺坂」(ユウレイザカ、別名 幽霊坂)
現在、東京理科大学の大学院理学研究科および理学部において教鞭を執る芳沢先生。その抱えている06年度のゼミ生は総数なんと70人にも及ぶ。
「理系のゼミとしてはギネスものかもしれませんね(笑)」
そう豪快に笑う芳沢先生。原則として入ゼミの希望者を断らないという結果でもあるが、真剣に数学に取り組もうという理科大学生たちから支持される先生の人気の高さがうかがわれる。
ところで東京理科大学の人気教授として鳴らしてきた芳沢先生だが、07年3月いっぱいで同大学を退任する運びとなった。そして4月からは桜美林大学の教壇に立とうとしている。桜美林大学では新年度から「リベラルアーツ学群」が開設される。その中の自然科学分野において数学が担う責任を自覚しての移籍となる。
「明治以来の日本の教育制度での最大の問題点は各教科がタテ割りになっていることです。とくに文系領域において幅をきかせる数学不要論は学ぶ者の視野を狭めています。これは、今後の日本社会のあり方にとってもマイナスだと思われます」
「こんど桜美林大学に開設されるリベラルアーツ学群というのは、数学にも基礎を置いた本来のリベラルアーツ教育に立ち戻り、学問分野の壁を越えて複雑化した問題の本質に迫ることを目標にしています。こうしたことこそが、日本の教育にいま求められていることではないでしょうか」
「数学はちょっと苦手でも、芳沢とかいう面白そうな数学教授の話を聞いてみたい。そして学生みんなで一杯ご馳走してもらっちゃおうかなぁ――。そういう高校生がもしいたら、ぜひ桜美林大学のリベラルアーツ学群を目指していただきたいですね」
現代の「数学の伝道師」たる芳沢先生――。そのリベラルかつアカデミックな活躍の場がさらに広がって、桜美林大学の名物教授となる日もそう遠くないことだろう。
こんな生徒に来てほしい
桜美林大学の新設学群には私自身おおいに期待しています。文・理を越えた幅広い教養とともに、数学をふくめた自然科学分野も1年生から4年生の卒業研究ゼミナールまで楽しく学べるということで、かなり画期的な学群になるはずです。「理科」や「数学」でも教職免許を取れるようになる予定です。
また桜美林大学は伝統的に教員から学生まで心優しい人が多いようで、これまで学校と少し距離を置いていたような人たちでも明るく居場所を見つけやすい大学だとも思いますよ。

