- 巽 孝之 教授
- 慶應義塾大学
文学部 たつみ・たかゆき
1955年東京生まれ。83年上智大学大学院博士課程文学研究科英米文学専攻単位取得退学。これに先立ち82年より慶應義塾大学法学部助手。87年米コーネル大学博士課程修了(Ph.D.)。89年慶應義塾大学文学部助教授。97年同教授。98年同大学院文学研究科委員。01年より国立民族博物館共同研究員を兼任。現在、日本英文学会理事・日本アメリカ文学会代議員(東京支部長)・アメリカ学会常務理事(年報編集委員長)および日本マーク・トウェイン協会英文号編集委員長を兼任。日本ペンクラブ・日本SF作家クラブの各会員。北米学術誌『Para*Doxa』『Science-Fiction Studies』の各編集委員。84年第7回日本英文学会新人賞(84年)を受賞して学界デビュー
代表作に『サイバーパンク・アメリカ』(勁草書房・88年度日米友好基金アメリカ研究図書賞)『サイボーグ・フェミニズム』(編訳書・トレヴィル著・第2回日本翻訳大賞思想部門賞)『ニュー・アメリカニズム――米文学思想史の物語学』(青土社・95年度福澤賞)『日本SF論争史』(編著・勁草書房・第21回日本SF大賞)など多数。最新刊は『Full Metal Apache』(英文・米デューク大学出版局より刊行)
なお、慶應義塾大学巽ゼミの公式サイトのアドレスはコチラ → http://web.mita.keio.ac.jp/~tatsumi/
米文学研究からの人文科学のすすめ
唯一の超大国アメリカ発「グローバルスタンダード」の増長の勢いは新世紀を迎えても弱まる気配を見せない。「社会主義の生き残り」のはずの中国や「眠れる発展途上大国」だったインド・ブラジルも事実上この波に巻き込まれた。経済面に限らずあらゆる現代社会の場面でUSA由来のすぐに役立つIT技術や知識ばかりが貪欲に求められ続ける。ますます効率化された「アメリカンスタンダード」社会システムのなかで老いも若きも人間本来の「内なる声」から遠ざかる生活を「消費」するだけとなって久しい。
「それだけ人文科学の衰退が著しい時代だといえます。そんな世知辛い時代にあって、かたくななまでに文学部を名乗って人文学的伝統や古典的教養を守っているのは、ここ慶應文学部くらいではないでしょうか」
取材の冒頭、慶應義塾大学文学部教授の巽孝之先生はそう語る。慶應文学部のエース的な存在であり、またSFを含む現代文学を中心に気鋭の文芸評論家としても大活躍中の巽先生。『朝日新聞』の書評委員も務めておられるから、その名前を日ごろ目にしている現役高校生諸君も多かろう。
「あえて誤解を恐れずにいえば、ここで学んでも社会に出てすぐに役立つ知識というのはまず無いでしょうね。ある私の恩師は『すぐに役立たなければ役立たないほど学問として高尚である』とよく語っていました(笑)。すぐ役立つ知識は、いったん使ってしまえばすぐ役に立たなくなるかもしれません。その一方で、いつ役立つのか分からないからこそ意味のある教養をじっくり蓄えておくことは確かに必要なことだなぁと、最近つくづく思うようになりましたね」
グローバリゼーションの申し子たる「グーグル」などインターネット上の検索エンジンで事足りるような即物的な教養ではなく、人文学的教養などに裏付けられた深い人間的インテリジェンスこそが未来モデルの見えにくい21世紀には求められていくのだろう。
そのための「牙城」としても慶應義塾大学文学部と三田キャンパスを守っていきたいと語る。そんな巽先生の専門は「19世紀米文学研究」。そのアメリカ文学の特徴と魅力については……
「実際にはもう少し範囲が狭くて『19世紀の米ロマン主義文学の研究』という言い方をしています。小説家ではポー(Edgar Allan Poe)やホーソーン(Nathaniel Hawthorne)・メルヴィル(Herman Melville)、思想家ではエマソン(Ralph Waldo Emerson)やソロー(Henry David Thoreau)、詩人ではホイットマン(Walt Whitman)やディキンソン(Emily Dickinson)――などが主な研究対象となります」
「独立後アメリカは急速に政治的制度を整えていきますが、文化的には不毛な時代がしばらく続きました。そんな中から旧大陸のマネごとではない独自の文化的創造を試みたのが今あげた作家たちです。彼らの新しい文学や思想が逆にヨーロッパはじめ世界中に影響を与えていって、やがて現代の繁栄・爛熟に至るわけです。そのへんが面白くて研究を続けています」
先のエマソンの存在がなかったら、「神の死」を宣言して実存主義など現代哲学の先駆けともなったニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)の遠大な思想など誕生しなかったという説もあるくらいだ。
「ドイツ人のニーチェは明らかにエマソンの思想に大きな影響を受けています。ロマン派以前の段階でも、ドイツ近代哲学の祖カントはフランクリン(Benjamin Franklin)を現代のプロメテウス(ギリシャ神話上の神『先に考える者』)と称するほどに評価していました。混沌としながらも19世紀中ごろのアメリカは自前の文化がようやく育ち、それが米大陸内外に影響を与え始めた時代なのですね」
19世紀中旬といえば、現代のイラク戦争などにも連なる対外拡張主義・アメリカの姿があからさまになってきた時代にあたる。米海軍東インド艦隊たる黒船に乗ったペリー一行が日本にやって来て、200年余の鎖国の夢をむさぼる北東アジアの一島国に開国を迫ったのもこのころだ。そうした時代背景の流れも自身の文学研究に反映させていきたいと巽先生は抱負を語る。
慶應文学部ナンバーワン人気ゼミの秘密
慶應文学部では、入学時における学生の専門コース分けを行なわずに、日吉キャンパスで総合教育科目と語学科目を1年間履修する。そして2年次から三田キャンパスに移って17の専攻から自分の学ぶものを決め、専門領域の履修に入る。
ちなみに巽先生の文学部における所属は英米文学専攻になる。ゼミ演習は3・4年次の学生が対象で、ふつう3・4年次合同で行なわれる。巽ゼミは両学年合わせて約25人のメンバーだが、これは平均的なゼミの規模からすると優に倍の人数にあたる。いかに学生たちに人気のあるゼミかがうかがわれる。
「わたしのゼミでは全員に2年間かけて各テーマで卒論研究に取り組んでもらいます。ただ3年次の学生に4月のアタマからいきなり研究に取りかかれというのも酷な話ですよね(笑)。ですから最初の2ヵ月間は文学研究の基礎理論について私のほうからレクチャーして、その上でそれぞれ研究に取り組んでもらっています」
ゼミ生各自の卒業論文のテーマは自由としているが、実際的には英語文学作品についての分析が大半とはなる。ただし慶應英米文学専攻の方針により、卒論はすべて英文で書くことが学生全員に義務づけられている。
「毎年11月には、慶應英米文学専攻に属する英文学・米文学・英語学など全てのゼミが一堂に会して、各代表者による研究発表会が催されます。私のところでは、夏合宿直後の段階でゼミ生同士の投票によって代表を決めています。この発表会には2年次学生も参加するので、彼らが翌年度のゼミ決定を行なうためにも重要なチャンスを提供しているんです」
そうした事情もあって、この発表会は一大イベントとして例年大いに盛り上がるらしい。
文学研究で求められる独創性と創造性
ここで学生たちに対する巽先生の指導方針についても語ってもらおう。
「わたしの場合とにかく重要視するのはオリジナリティーですね。独創的研究の元になるのは、自ら好きなものが何であるかをとことん知るということです。自分の好きなものが分からない人にオリジナリティーは出せません。文学・文化の研究を通して、これだけは譲れないという自分独自のものを発見してほしいと思って指導しています」
「卒論テーマについても、アメリカに少しでも関するものであれば文学に限らず音楽・映画でも何の研究でも構わないのです」
英語での提出を強制的に義務づけていることもあって、いわゆる学術論文の形式に厳密に則っていなくとも卒論として認めることにしているという。それだけに、ともかくも研究内容そのものの独創性に執心してほしいという巽先生の想いが深いのであろう。
巽ゼミがスタートしたのは90年で、すでに200人を超える卒業生を輩出してきた。このOB・OGたちの結束が固いのも大きな特徴で、毎年暮れに開かれるOB会には多くの先輩たちが参集する。
この会において活動内容を報告する意味合いもあって、巽ゼミでは雑誌形式の会報『Panic Americana』を毎年発行している。これが一流文芸誌に引けを取らないほどの内容で、執筆陣の顔触れもとにかく豪華だ。
当然のことながら巽先生も書き下ろし原稿を毎号よせる。なかでも夫人にして人気文芸評論家である小谷真理氏との対談ページなどは、正真正銘まぎれもなく文学ファンたる卒業生たちの知的好奇心を満足させる名物企画になっているようだ。
さて、この日の取材には07年4月から「新4年ゼミ代表」に就任予定の伊藤健彦君がずっと同席してくれた。最後に、教えを受ける側からの巽先生評を聞いておこう。
「高校生のころからのたっての希望が文学研究でしたので、慶應文学部に入学できて巽先生に出会え、しかも巽ゼミに入れて本当にラッキーと思っています。巽ゼミで一番いいところは、自分の好きなテーマが研究できることで、しかも研究手法も自由にやって良いところですね。先日などは、先生に連れて行ってもらって学会に出席するという貴重な経験もしました」
こんな生徒に来てほしい
アメリカの文学あるいは文化に興味があって、それらを媒介に自ら何か表現したいと目論んでいる元気な人ですね。できればオリジナリティー(独創性)とクリエイティビティー(創造性)に富んでいて、一緒にやっていて私にも刺激を与えてくれるような人でしたらベストです。









