- 高橋 伸夫 教授
- 東京大学
大学院 経済学研究科 たかはし・のぶお
1957年北海道生まれ。80年小樽商科大学商学部卒。84年筑波大学大学院社会工学研究科博士課程単位取得退学。84年東京大学教養学部助手。87年東北大学経済学部助教授。91年東京大学教養学部助教授。94年同経済学部助教授。98年より現職。組織学会賞「高宮賞」(89年)・経営科学文献賞(94年)・交通図書賞(01年)など受賞。主な著作は『コア・テキスト 経営学入門』(新世社)『経営の再生』(有斐閣)『虚妄の成果主義』(日経BP社)など
ちなみに高橋先生が主宰する「高橋伸夫@東大経済のホームページ」のWebアドレスはコチラ → http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~nobuta/
いまこそ「日本型経営方式」の再設定を

- 高橋研究室のある本郷キャンパス「経済学研究科」棟

- 本郷キャンパス「赤門」。経済学部は門を入ってすぐ
ある意味合い昨今の世界大混乱の諸悪の根源ともいえる米国式グローバルスタンダード型の企業経営および成果主義的労務管理を真っ正面から批判した『虚妄の成果主義――日本型年功制復活のススメ』(2004年発行)は、年功的労務管理などに代表される日本型経営スタイルが意外なほどに合理的な面があることを説いた書として当時センセーショナルな話題を呼んだ。このベストセラーの著者、その人こそが今回ご紹介する東京大学大学院経済学研究科(学部は経済学部)の高橋伸夫教授だ。
先生はこれまでに会計検査院特別研究官や国家公務員採用Ⅰ種試験(経済)試験専門委員・公認会計士第2次試験試験委員などを兼務歴任し、現在はGBRC理事長(後述)を務めるなど赫々たる履歴の持ち主でもある。まずは、そんな高橋先生の専門研究分野について話していただこう。
「いわゆる経営学の経営組織論、これが私の専門になります。その中でもメーンテーマとしているのは『日本企業の意思決定原理』の研究です。これは実際の企業の経営活動などをフィールドワークして研究分析していくのが基本的な研究スタイルとなります」
「一般に日本型経営といいますと、勤続年数の多寡によって社員の職制・地位の上下をつける『年功序列制』とか、その人の能力に関係なしの家族主義的な『ぬるま湯的な企業風土』など旧態依然たる負のイメージでとらえられることが多いんですね。しかしよく分析してみますと、そうした非効率に見える現象も非常にロジカルなものに裏打ちされていて、結果として経営にプラスに作用していることも多いことが分かってきました」
「米国式経営標準」礼賛ブームへの一石

- 都心で唯一空襲から免れて木々しげる本郷キャンパス
バブル経済が大崩壊したあとに方向性を見失った前世紀末以降のニッポンの大企業経営者たちの多くは、アメリカ型の経営方式を世界標準として採用し、成果主義の採用やリストラに走ることが多かった。たしかにバブルの後始末的な巨大な負債を抱え込んでいた多くの大企業の経営収支とニッポン株にとってその目先の改善には功を奏した。
しかし当時の規制緩和・行政改革といった大衆迎合的な政治スローガンも相まっての急激なこうした「アメリカンスタンダード」企業経営。その結末が「フリーター」「派遣社員」などの「非正規雇用者」ひいては「ネットカフェ難民」「ホームレス」(路上生活者)などの劇的増加など現代ニッポン社会を覆う底辺レベルの貧困・退廃状況を生み出してきた。そうした風潮に一石を投じたのが高橋先生の書『虚妄の成果主義』でもあった。
「今も昔もあまりに安易なアメリカ型経営スタイルへの移行は賢い経営選択とは言えないと思います。たった今はアメリカ市場経済にまだ力がありますが、いずれ別のマーケット市場なりに取って替わられる運命にあるのは数々の文明興亡の歴史が証明していますからね」
「東アジア極東の島国である日本にはこの国独自の合理的な経営スタイルがあるはずですし、じっさい戦後ニッポンにおいて曲がりなりにも成功してきた面もあるわけですし、悪平等的な負の経験も含めてきちんと制度として設定し直して子孫に残すべき時なのです。そのことを世の経済学者・経営学者たちが誰も言わないので、やむを得ず(笑)わたしが本にまとめることになりました」
この警世の書は、時流に流されて「世界標準型」の経営方針に移行させたものの何か馴染めないでいた当時の企業人や経営者の目を開かせることにもなり、ふたたび日本型経営方式の良い点を再評価する企業が続出したとも言われる。まさに研究者冥利に尽きるともいえよう。
現場重視フィールド派の経営学研究とは

- 今も昔も東大生が最も利用する施設「総合図書館」
こうした日本企業研究を中心としつつ、「組織学習論」「鉄道経営と資金調達のスキーム(枠組み)」などの研究にも高橋先生は取り組んできた。最近の研究としては「企業における知的財産権」についても手掛けている。これだけの研究実績があって国などの各種委員も務める先生だが、初対面ながらとても気さくなお人柄とお見受けした。
大学院教授としての高橋先生は経済学研究科経営専攻に所属する。あらためて東大経済学研究科経営専攻の特徴について説明を願うと……
「本学の経済学研究科経営専攻の特徴といいますと、わたしも含めて企業調査などを実践するフィールド派の研究者が多く、そうした現場調査からフィードバックした分析からアカデミックなモデルや理論を導き出すといった研究スタイルが主流となっています」
「経営学というのはカネや人手をかけたから成果が得られるものではなく、私たち研究者側で経営理論やモデル・ストーリーを工夫し研究し提供し続けていくこと。そうしたことこそに経営学研究の醍醐味があると思っています。実際の企業経営者たちの実務に埋没して曇りがちな目からウロコを落としてやろう――そのぐらいの野望を持つかどうか(笑)なんですよ」
一生モノの議論・協働リテラシーを学ぼう

- 夏目漱石の昔から東大生の思索スポット「三四郎池」
東京大学経済学部のゼミ演習は3年次から始まる。当然ながら高橋ゼミは学生から人気があり、例年10人の定員に倍以上の応募がある。選抜にあたっては高橋先生と先輩ゼミ生たちがいっしょに面接を行なう。ゼミは3・4年次合同で開き、ゼミ生として2年間連続して所属することが前提となる。
「実際のゼミ内容としてはテキスト講読が中心となります。ただ私のゼミでは、テキストの内容についてもゼミ生同士で議論し合うことに力を入れ、コミュニケーション能力が身に付くようにと思って指導しています。ですからゼミ中にあまり発言がないような学生には『欠席扱いにするぞ』などと脅したりも時にします(笑)」
そして真剣勝負のゼミの時間が終われば先生を先頭にゼミ生全員で居酒屋などに繰り出すのが毎回の恒例らしい。こうして今どき貴重な一生モノの若き日の人間関係も日々築かれていく。
なお東大経済学部においては卒業論文は義務づけられていない。しかし高橋ゼミのゼミ生の大半が卒論を仕上げて残していくのが常とも。卒論テーマは自由だが、その課題を経営学な視点・手法により分析することが条件となる。自主的に挑む論文だけに「ユニークな内容が多い」と目を細める高橋先生の姿がいまも印象に残る。
そうしたゼミ生・学生たちへの指導方針については次のように語る。
「学生諸君にはコミュニケーション能力を身に付けてもらうというのが私の一番の指導方針となります。どんなに優秀な人間でもひとりだけで考えていると煮つまってしまうものです。コミュニケーションを取りながら他の人たちと協力して複雑なテーマについて考え解決していく――こうした実際的な研究作法は今後ますます実社会に出ても大いに役立つようになります。ぜひ大学4年間でそうしたリテラシーを自らのものにして欲しいということですね」
さて最後になったが、高橋先生が理事長を務める「GBRC」というシンクタンク活動についても紹介しておこう。「グローバル ビジネス リサーチ センター」の略称である同NPO法人は東京大学大学院経済学研究科経営専攻の教員有志によって設立されたものだ。
「シンクタンクとしてのGBRCの主な事業内容は、企業から依頼されたコンサルタント業務や社員研修・受託研究などが中心となります。ときには大手のシンクタンク機関から業務を依頼されて、その下請け作業をすることもあるんですよ」
大学院OBにも参加してもらって、彼らをコンサルタントやシンクタンクの専門研究員として育成させるのも事業目的のひとつとなる。どこまでも面倒見のいい優しいプロフェッサーなのだ。
開設時からその業績も好調で、JR東京駅前にある丸ビル内に進出し、この超一等地に事務所も構える。東京大学発のベンチャービジネスの今後さらなる展開には、最高学府で経営学を講じつつ実践的な経営手腕で定評ある高橋先生の力によるところが大きい。
こんな生徒に来てほしい
ちょっと言い古されたフレーズかも知れませんが、今後この難時代を生き抜いていくためにはコミュニケーション力とかチームワーク力というものが重要になってくると思います。実社会に出てからひとりだけで出来ること等ほとんどありません。ですから他人と上手に協力して事を成し遂げていける人に期待しています。
また東大生にこれは限らないのですが、最近の若い人たちを見ていますと「心の力」が弱い人が以前に比べても多くなってきたような気がします。ちょっとした失敗でもすぐにヘコタレてしまうようなひ弱な人ですね。先に述べたことと矛盾するようですが、ちょっとした逆境や孤独に耐えられるだけの人間としての底力も若い人にはぜひ欲しいですね。

