- 柳澤 遊 教授
- 慶應義塾大学
経済学部 やなぎさわ・あそぶ
1951年東京生まれ。’82年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。’83年久留米大学商学部専任講師。’86年東京農工大学工学部助教授(一般教育部)。’94年慶應義塾大学経済学部助教授。’98年より現職。中小企業研究奨励賞・本賞(’97年・’00年2回受賞)。主な著作に『戦時下アジアの日本経済団体』(共著・日本経済評論社)『日本人の植民地経験』『満鉄の調査と研究――その「神話」と実像』(編著・前著ともに青木書店)などがある。
ちなみに柳澤ゼミ生らによる「慶応義塾大学柳沢遊研究会」のURLアドレスはコチラ → http://seminar.econ.keio.ac.jp/yanagisawazemi/
「下からの視点」で新史実に迫る日本経済史

- 柳澤研究室のある三田キャンパス研究室棟

- 三田の丘にそびえ立つ慶應三田キャンパス
今週の、一生モノのプロフェッサーは慶應義塾大学経済学部の柳澤遊教授だ。まずは慶應義塾大学経済学部の特徴から話しを伺った。
「この学部には経済に関するあらゆる分野の優秀なスタッフがそろっています。なかでも、経済ならびに人々の日常生活の歴史を専門にしているスタッフが充実していて、経済史はもちろん社会史の先生もおりまして、この双方が学べるのは全国の大学でもここだけではないでしょうか?」
このほか1~2年次学生を対象にした少人数制の自由研究セミナーも充実しているという。また、不安定な日本社会について考える、「社会問題」という科目が最近設置されたことも特徴だろうとも語る。
「わたしも『社会問題』の講義を担当し、近代日本の社会問題の展開、とくに貧富の格差の拡大問題や『豊かさ』のなかの貧困問題について教えています。その中でとりわけ学生たちの関心を呼ぶのが、現代日本の格差の拡大とともに第2次世界大戦中に工場動員された青少年たちの不良化問題なのです。戦時中のこうした事実はほとんど知られていませんが、本人の希望や意思によらない労働の強制というものは、今も昔も精神を不安定にさせてしまうということですね」
戦時統制で破壊された独自の商工業者間ネットワーク

- 雨の合間の慶應義塾三田キャンパスの中庭
柳澤先生の専門は「近現代日本経済史」。先生の研究テーマのひとつに「明治期から昭和期にいたる日本の中小商工業者のアジアへの進出問題」というものがある。
「これは戦前の旧日本帝国の勢力圏に、当時の日本人がどのように進出していったのかを中国の大連を例に調査研究したものです。従来は日本の商社が南満州鉄道(満鉄)と組んで行なった事象の研究などが中心でした。ところが実は中小商工業者も多数進出していまして、満鉄や中国商人と自主的に取引をして、農産物加工品などを世界の市場に向けて輸出していたことが分かってきました」
こうした歴史的事実に光をあてたのは柳澤先生が初めてである。ここに、先生の研究手法の特徴が見られる。経済史の歴史的展開をつねに一般庶民や中小商工業者などの営業と生活の視点から見ようとする姿勢だ。こうした視点からの経済史研究は、経済史の学会の中でもユニークな存在なのだ。
「これまでの経済史研究において、中小企業や民衆といった下からの視線による研究というのはあまり注目されませんでした。多種多様な商品を流通させる中小商工業者間の国内外のネットワークが果たす役割も、たいへんに重要と私は考えます。1910~30年代につくられた商品取引網と重層的な商人相互の関係が機能していたのです。しかし1940年前後からの戦時統制経済政策が在来の流通の仕組みをズタズタにしてしまい、かえって経済活動を非効率化させて人心の荒廃を招くことになりました」
戦後の経済復興との関係も含めて、そうした視点からしっかり学んでもらい、いまの若い学生たちにも21世紀初頭の現代を生き抜いていく知恵をつけてほしいと、先生は語る。
このほか柳澤先生の研究テーマは、①1950~60年代における大都市の商店街や問屋について②満鉄の経済的社会的機能についての中国との共同研究調査――など盛りだくさんだ。
自主的にして自由な活気あふれる経済史ゼミ

- グローバルセキュリティ・リサーチセンターの拠点「東館」
慶應義塾大学経済学部のゼミ演習(研究会)は3~4年次の学生が対象となる。日ごろの研究成果を秋の学園祭(三田祭)で発表するゼミが多いが、もちろん柳澤ゼミもそのひとつだ。
「今年’08年度のゼミでは、浜松(静岡県)の地域経済に注目し、戦前から現在に至る工業の誕生から成長のメカニズムについての調査研究をしています。浜松といえば戦前は織物業・機械工業等が発達し、戦後は楽器・オートバイ・自動車工業などが発達しています。その諸産業の盛衰と個別企業の発達との関係を、ゼミ生全員で手分けをして調査し、三田祭までにまとめ上げようと頑張っているところです」
こうした研究の中心は3年次のゼミ生で、研究テーマの選定もゼミ生全員の討議で決められる。そして4年次のゼミ生は卒業論文の作成に1年間を充てることになる。同ゼミでは他大学の学生をも受け入れており、今年度も法政大学からの参加者があるという。
こうした学生たちへの柳澤先生の指導方針については――
「最初のゼミ授業でわたしが学生に言うようにしているのは、『教員を必ず批判するようにしなさい』『場の空気を読むのではなく、空気はかき乱しなさい』の2点です。いまどきの若者たちは管理教育でずっと育ってきたせいか、大人の顔色をうかがい過ぎるようですね。もっと自分の実感や調査してきた事柄を大切にして、堂々と自分の意見を述べてほしいです。それが教員の意見と違ったり、予定調和的な場の雰囲気を壊すことになっても、それを述べる勇気こそが大切なのです」
「孤立を恐れて臆しているようでは何の研究にもなりません。さらにいえば日本社会が21世紀も発展・成熟していくためには自律的で多様な人材こそが必要となるのであって、そのためには今までにも増して独創的な発想や意見が求められていくのです」
結論以上にプロセス重視の一生モノのリテラシーを

- 今も昔も慶應義塾の象徴・福澤諭吉翁像
さらに柳澤先生はこう続ける。
「インターネットの環境のなかで育ってきた今の日本の若者は、与えられた知識を収集して吸収するのは得意なのです。しかし自ら独創的な問題を立てることが不得意というか、何も訓練されてきていないようで、自分の心の底からの発想で課題を調べて相互に議論し合って新たな歴史像をつくり上げていく、というような研究方法を苦手にしていますね。しかし、将来もし企業などで働くことになった場合でも、いま求められている新たな人材とは、旧来のように与えられた課題やノルマを黙々とこなす企業戦士・サラリーマンというよりも、さまざまな知識を総合化し組み立て(あるいは変化させて)自分で問題や目標を立論しうる人なのです」
「日ごろ私が学生によく言うのは、結果以上にプロセスはもっと重要だということです。どんな研究・プロジェクトにおいても、そのプロセスの過程で自身の意見を述べ合って仲間や先輩・教員の意見を聞いて議論しながら試行錯誤して結論に近づいていく。そして他者を認めて互いを尊重し合う。そうした能力こそがこれから大学で身に付けるべきことだと思いますね」
じつは経済学を学ぶ学生・学究の多くにとって、経済史の研究というのは現代経済系のゼミに比べるとそれほどの人気はないようだ。しかし柳澤ゼミにおいては他大学の学生や外国人留学生までも参加するほどの活気を見せる。いったいその秘密とは……
まず、人間社会の歴史を根源的に突き動かす経済史という研究それ自体の面白さがある。そして、どうやら一生モノの生きるリテラシー(すなわち多角的に調査して常識を疑う力)を学べることに学生たちが気づき始めているのかも知れない。
こんな生徒に来てほしい
現役高校生のみなさんは辛い受験勉強中で、何のための勉強なのか目的を見失ないがちな人も、中にはいるかもしれませんね。新世紀の高度な文明社会のなかを生き抜いていくために経験しなければならない大きな関門のひとつが大学受験であり、たしかに一度きりの人生の若き日にしっかり勉強しておくことも大事なことです。ただし受験そのものは目標ではありません。大学や社会において自らを羽ばたかせるための基礎条件でしかすぎないことも認識しておく必要があります。
また私が専門とする経済史の研究においては、時間と空間を超えて多くの「他者」と出会えるというのも大きな特色となります。そうした時空を超えた他者たちの思いも寄らない生き方や考え方を探り当て知っていくことで、研究する側の私たちの人間性も豊かになる。そういう学問分野だと思いますよ。

