- 酒井 信介 教授
- 東京大学
大学院 工学部 工学系研究科 さかい・しんすけ
19531953年東京生まれ。’75年東京大学工学部機械工学科卒。’80年同大学院工学系研究科舶用機械工学専門課程博士課程修了。’80年東京大学工学部舶用機械工学科講師。’81年同助教授。学内改組により’95年同大学院工学系研究科機械工学専攻助教授。’97年より現職。日本機械学会賞奨励賞(’87年)・日本機械学会フェロー(’02年)・日本材料強度学会論文賞(03年)・日本機械学会材料力学部門業績賞(’05年)・高圧力技術協会科学技術振興賞(’07年)など受賞多数。主な著作に『機械設計における有限要素法の活用』『技術分野におけるリスクアセスメント』『コンピュータ材料科学』(いずれも訳書・いずれも森北出版)などがある。
酒井先生が主宰する「強度信頼性工学研究室」のURLアドレスはコチラ → http://www.fml.t.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
未然に事故を防ぐ機械工学的「リスク評価法」

- 酒井先生の研究室の入る「工学部2号館」

- 酒井・泉研究室における代表的な研究事例
今回ご紹介する一生モノのプロフェッサーは、東京大学大学院工学系研究科(学部は工学部機械工学科)の酒井信介教授。発電設備や化学プラントなどの安全性・信頼性に関する先導的な研究や、いわゆる「安心・安全」を機械構造物で実現するための技術開発のパイオニアとして、学界のみならず産業界にもその名は広く知れ渡っている。
そんな酒井先生が現在もっとも力を入れているのが「リスク評価」の推進普及だ。
「ここでいうリスク評価とは、現に稼働しているシステムや機械などを安全に運用していくためのメンテナンスや保全について機械工学的に考えていくことを指します。じつは日本人の特性として、決められたことをきちんと実践するのは得意な一方で、やや柔軟性に欠ける傾向にあるという欠点があります。ですから安全点検業務なども、マニュアル通りにはきちんとやるが、構造物の経時変化による劣化などに対して、学術的に強度の評価をしつつ、柔軟に点検方式を変えていくことなどは極めて不得意なのです」
こんなニッポンだからこそ求められる「リスク評価」

- 本郷キャンパス正門から望む安田講堂
もし点検時に劣化などを見逃すと、それは大きな事故や災害につながる。機械構造物を実際に運転してみると、設計のときに予想もしていなかった荷重が加わったり、想定もしていなかった損傷を受けることが必ずある。
これらを防ぐために、貴重な検査結果をフィードバックして生かさない手はない。検査結果をもとに、どこに検査を集中するべきかをリスク評価に基づいて判断し、マニュアル内容を柔軟に変更していくことが極めて重要になる。
酒井先生は早い段階からこの評価法の導入を訴えてきた。日本の社会的風土はとかく「絶対安全思考」になりがちだが、プラントなどの機械構造物を長く安全に(かつ稼働率を)維持していくことは産業にとって極めて重要だ。これらは国際競争力を維持していくためにも欠かすことができない。
昨今、日本企業における各種のトラブルや事故の続発が引き金になって、ようやく産業界もリスク評価に注目しはじめ、その導入に積極的な姿勢を見せるようになってきている。
「現在リスク評価導入に積極的な業種としては、石油精製プラントをはじめ電力(原子力産業ふくむ)や船舶・ガス・製鉄・鉄道・宇宙開発などが挙げられます。近年その分野の広がり方には目覚ましいものがあります」
これら業界のリスク評価づくりに酒井先生はずっと参加し指導してきた。しかし、このような方式には必ず「評価」ということが入ってくるので、その道の知識と技術をもった人材が必要であることは言うまでもない。現状では人材不足が大きな課題となっており、酒井先生のリードのもとに産業界と一緒に人材を増やしていくための方法を検討している。
このためには、広く「リスク」を使うことを社会に認知してもらうことがまずは重要であり、このような方法が規格として認定されなくてはならない。酒井先生の指導のもとに、ようやく2009年中にリスクを使ったメンテナンスの規格が発行されるメドが付いたという。また、このような技術をもった人を資格として認証することも重要であり、現在「リスクマネージャー資格」の制度化についても準備が進められている。
このように酒井先生は機械の安全・安心に関する領域では第一人者であるが、その研究室では材料の破壊や変形などにかかわる多方面の研究が行なわれている。このような研究に関心をもつ多くの学生・研究者が集まっており、多くの研究成果がいくつも生み出されている。
代表的な研究テーマは、①ボルトの緩みのメカニズムを明らかにするための計算機による解析②ミクロ材料の強度を分子レベルで計算により明らかにする②電子顕微鏡を使って破断材料の原因追及やミクロの構造を調べる③金属の破壊靭性(粘り)を評価する方法④流体界面の変位で起こる容器周辺の熱疲労問題⑤Co2排出についてある部分の改善が全体の排出量に及ぼす影響度調査――など環境問題もふくめ実に多様多岐にわたる。
酒井先生自身が必ずしも直接に専門としない研究分野であっても、側面からバックアップしてきた。こうして適切なアドバイスのもとに多くの成果を生み出していくのも大学の研究室のよい面なのであろう。
とにもかくにも幅広くかつ実践的な「機械工学」分野

- 右手前・安田講堂、左奥・工学部2号館
酒井先生の学部でのご担当は工学部機械工学科になる。機械工学のもつ一般的な特徴について伺った。
「この分野の特徴は、何といっても扱う分野の広いことですね。大は巨大なプラントや船舶から、小は微小な素子を機械的に動作させるナノメーターの世界まであり、最近は人工臓器など生体の分野にまでに及んでいます。その広大な広がりが特徴ですね」
「さらにいえば機械はあらゆる産業と関係を持つため、産業界や国の機関等との結びつきが強いことがあります。ここでの研究成果がすぐに産業や政府機関で生かされることも非常に多いのです。そのあたりが、とかく机上で計算したり論文に書き上げたりで終わってしまいがちな諸研究と異なり、達成感が得られやすいとも言えると思いますよ」
なお、これまで東大工学部の機械系学科は機械工学科・産業機械工学科・機械情報工学科の3学科制を敷いてきた。しかし2009年4月からは、機械工学科と産業機械工学科が「機械工学科」に統一され、「機械情報工学科」との2学科制に変更された。
『タモリ倶楽部』も放映した「パスタコンテスト」とは

- 講堂前広場地下にある本郷メーン学食
東大機械工学科の学生は4年次になると、各教員の研究室に配属になって卒業研究と卒業論文に取り組む。酒井研究室でも毎年4~8人の範囲で受け入れている。この研究室には新加入の4年次学生を歓迎する名物行事がある。名付けて「パスタコンテスト」。パスタの乾麺を使って橋梁の構造模型を学生がそれぞれ組み立てて、その強度を競い合うものだ。
「その構造模型を見ますと個々の学生の強度に対するセンスが一目で分かりますしね」
酒井先生そう言って笑顔を見せた。一研究室内だけにしておくのは惜しいくらいの面白そうな試みだと思ったら、この恒例行事を大々的に取り上げたテレビ番組があった。主要大学対抗で競い合う方式として『タモリ倶楽部』(テレビ朝日)が放映したことがあった。もちろん橋梁模型づくりに一日の長がある東京大学「酒井・泉研究室」チームがその日優勝したことは言うまでもない。
学生たちへの指導方針について先生は次のように語ってくれた。
「実験や研究の結果や成果よりも、そのプロセスが重要であるということですね。そのため計画から結果まで原則として自分ひとりで考えて実行するようにしています。その前提のうえで研究室内でのコミュニケーションのあり方を学んでほしい。自分以外の仲間の研究にも関心を持って、いろいろと意思疎通を図ることで自らを高めていくことを実感してほしいと思っております」
そしてインタビューの最後に自らのメーンの研究テーマ「リスク評価」について言及した。
「生涯をかけて何とか普及のための基礎づくりだけでも終えたい」
こんな生徒に来てほしい
現役高校生のみなさんにとって、目前の大学受験というのは乗り越えなければならない壁であることは間違いないでしょう。ただし、それは目先の目標でしかありません。受験にばかり近視眼的に囚われすぎると、自身の将来にわたる大事な視点を失わせることにもなりかねません。少なくとも将来の自分を位置付ける基本的なビジョンくらいはしっかり持って、大学の門をたたいて欲しいですね。










