私は誰でしょう・・・。
横浜校 ケア・スタッフの・・・です。
私は誰でしょう。

↑↑↑私は右です。隣りは5歳 としの離れた姉です。
塾のメンバーには、よく下に妹、弟がいるように見えると言われます。
正解は、横浜校ケア・スタッフの二橋富美子(にはしふみこ)です。
めずらしい苗字なので、よく電話では「2つの橋で“二橋”です」と言っています。

↑↑↑姉の後について遊んだり、お祭りに行っていた写真です。
神奈川県川崎市に生まれ、今でもずっと地元に住んで30年。
地元の商店街や、町並みは変わりましたが、昔から住んでいる方との交流は今でも変わりません。

↑↑↑中学校では、人前で話すことが苦手なことを克服しようと
友達と一緒に「放送部」に所属し、文化祭や体育祭に関わることが毎年楽しみでした。
中学の卒業式の日、私は門を出るときに「絶対にもう一度この学校に戻ってこよう!」 と決めました。
楽しかった中学校に 視野を広め、学んだ自分がもう一度 戻ってきたらどんな世界が見えるだろうか?
何か中学生の役にたてるのものはないだろうか?
ずっと夢だった「教師」になる一歩を踏み出してみたい! と考えたからです。
高校時代は、「定期テスト」の一回一回を大事にしました。
一度、学年「1位」をとったことがきっかけで、
それからは自信もつき、もっと挑戦したいと思うようになりました。
しかし自分の自信は、ものすごく小さく不安定なものだとずっと思っていました。
だからこそ、教育実習を経て、卒論も終了して大学を卒業したときに初めて、
周りの人をゆっくりと見渡して、感謝の気持ちを言えることができるようになりました。
高校・大学受験を見守り、一回一回のテストを大事に乗り越えて学校に送り出してくれた家族
中学・高校・大学時代の友人
大学進学の際にアドバイスしてくれた地域の方。
自分ひとりでは自信も何もありません。
周りが応援してくれるからこそ、自分がいる。
そう思えるようになるまで 本当に傲慢だったなと思います。恥ずかしいですね。

↑↑↑大学時代は、合唱団に所属。
毎年年末には「第九」を歌いながら、全員の声、そしてオーケストラとの響きを
共有することが何よりも自分にとっての成長につながりました。
東京ドームでも演奏したことあるんですよ♪
↑↑↑今は、横浜校ケア・スタッフとして、
「教育学系」「心理・福祉系」「看護・医療系」ユニットの担当をしています。
神奈川県生まれの地元っ子として、
私にとって早稲田塾での大事な原点校「横浜校」で皆さんを待っています!










