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AIをもっと世の中に溶け込む存在にしたい――最新の技術を駆使して、よりよい社会を実現する(慶應義塾大学 中澤仁教授 インタビュー)
慶應義塾大学環境情報学部
中澤仁(なかざわ・じん)教授
1998年に慶應義塾大学総合政策学部卒、2003年に博士(政策・メディア)取得。2004年にはGeorgia Institute of
TechnologyでVisiting
Scholarとして活動。2013年以降は慶應義塾大学環境情報学部で教授を務める。街の隠れた情報の採集をライフワークとし、ユビキタス・モバイルコンピューティングやスマートシティの研究を行う。ACM IMWUT
Associate Editor、情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム研究会主査など、多数の学術団体での役職・編集委員を務める。
研究内容:無限の情報の力で、人々を幸せに
私たちの周りには、まだ活用されていない情報が数多く存在します。人やモノ、空間から得られるあらゆる情報を活用することで、より知的で、安心・安全に暮らすことのできる街「スマートシティー」を実現することができるはず――。その考えから、街に様々な形で埋め込まれた多様な情報の収集と、その利活用について研究しています。人々の健康を増進し生活の利便性を高め、安全を確保するといった、「幸福感」を増大させる技術を対象としています。
この研究は大きく三つの領域から成り立っています。第一に、「情報の収集」。検知器や測定器によりある対象の定量的な情報を取得します。例えばスマートフォンやスマートウォッチのような持ち運び可能な端末やカメラ、さらにはアンケートなど様々な技術を用いて、どのように有効な情報を収集すべきかを考えます。
第二に「収集した情報の加工と解析」です。このプロセスでは、大量のデータを有意義な形に整理し、解釈します。
そして最後の要素は「情報のフィードバック」です。加工した情報を人々にどのように伝えれば、より具体的な行動に反映できるか――。例えば同じ情報でも、単なる知人から聞くのと、その筋の専門家から聞くのでは、なんとなく重みが違いますよね。こうした人間の特質も踏まえたうえで、情報が具体的な行動に反映され、結果的に社会や個人の行動が変わり、よりよい社会となることを目指しています。
今我々が取り組んでいる研究の一つに、ゴミ削減を通じた環境改善があります。一般的に、都市全体のゴミの量を単純な数値として提示しても、個々の人々がそれを自分の問題として受け取り、具体的な行動に結びつけるのは困難です。だからこそ、個々の家庭や地域のゴミの量を具体的に提示し、人々に「自分ごと」の問題として認識させることで、ゴミの削減に向けた行動変容を引き起こせるのではと考えています。
この研究における「情報の収集」のステップでは、ゴミ収集車に搭載されたカメラと画像認識技術を用いて、各世帯のゴミ排出量を把握します。次に「収集した情報の加工と解析」のフェーズでは、排出されたゴミの量とその位置情報を組み合わせ、地域ごとの特性や問題点を明らかにします。そして最後に「情報のフィードバック」の過程では、この分析結果を基に、ゴミ削減への行動変容を促す方策を研究します。
情報は力です。最適なタイミングで最適な人々に情報を伝えることで、ゴミ削減という目標を達成するだけでなく、生活の質の向上という、より大きな目標にも寄与すると考えています。これは新たな技術の開発と応用を推進するための一環です。
教授への旅路:自由に興味の赴く方向へ
とはいっても、もともと情報学を学びたいと考えていたわけではありません。高校時代に関心を寄せていたのは、より広範な社会科学的視野、具体的には政治学や経済学です。そのため政治学部や経済学部で学びを深めることも検討しましたが、その時点では、高度に専門化されたそれらの学問を突き詰めて学びたい、という気持ちになれず、むしろ広く選択肢を持って将来を考えたいと思っていました。そこで、多岐にわたる学問を自由に追求できる、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の総合政策学部への進学を決めました。
情報学への興味が芽生えたのは、SFCで必修科目のプログラミング授業を受講してから。非常に面倒な計算でも、適切に設計されたプログラムを作成すれば正確に実行可能という事実から、その魅力を肌で感じました。当時、私は競馬に熱中していたのですが、その予想に役立てるためにプログラミングを活用したことも。コースの状態(良馬場や重馬場など)や走行距離、順位等の情報を組み合わせて分析し、数式により勝つ馬を予測する計算を行っていました。ただ、自分で考え出したこの計算が非常に複雑で、時折計算ミスをしてしまうことがあるんですね(笑)。そこで、この講義で学んだプログラミングの知識を応用することで、一貫して正確な結果を出せることに気づき、情報学の深遠なる魅力を直感的に理解しました。
今は環境情報学部の教授として研究に携わっていますが、実はそれも、始めからなろうと決めていたわけではないんです。国内外の学会で研究成果を発表し、査読(学術雑誌が投稿論文の掲載可否を判断する審査)を通過するうち、自分の研究が世界でどこまで通用するのか試してみたくなりました。挑戦するのが楽しくなって、ゲーム感覚で続けるうちに、気づいたら教授になっていた、というのが実情です(笑)。
でも今振り返れば、現在の研究に欠かせない社会科学的視点は、高校生の時に興味のあった社会学や経済学の分野、つまり総合政策学の分野とつながっていると思います。正直に言えば、高校時代の自分が高い志を抱いていたわけではありません。その瞬間に楽しい、興味がある、と思う方向に進んでいった結果ではありますが、「人々や社会にとっての最良の解決策を見つけ出したい」という原点の思いはずっとあったのかもしれません。
研究室の特色と理念:自由な学びの環境で未来を拓く
私の研究室の学生は、「情報の力で人々を幸せにする」ことに繋がる内容であれば、どのようなことでも自由に研究することができます。具体的なテーマは特に指定しません。最新の人工知能やセンシング技術を用いて、社会のWell-being(幸福感や生活の満足度、健康状態など、個々人の生活の質を総合的に評価する概念)に貢献するコンピューティングの実現を目指している学生が数多く在籍しているのが特徴です。
「放任」とも言えるこの方式を採用しているのは、学生たちに、自身で考えて問題を見つけ、解決する力を培ってほしいと考えているから。これは、SFCの開設に尽力された石川忠雄元塾長が掲げた「問題発見・問題解決」の教育理念とも一致しています。
石川元塾長がSFCを作ろうと考えた当時は、国鉄や電電公社の民営化、コンピュータの普及など、経済の仕組みの変化や技術革新が進み、社会が複雑化しはじめていたころでした。予測できない様々な現象が起きる世の中において、特定の学問分野だけではなく、複数の分野の知見を持ち、問題を解決できる人材を育てたい――。その理念のもと、分野横断型の学びを進めるためのキャンパスとして作られたのがSFCです。そして、こうした学びの場は、生成系AIのような新しい「モノ」がさらに生まれ、どんどん進化を続ける現代社会において、より重要度が増していると感じています。能動的に考え、新しい技術を活用し、正しい判断ができる人材になって欲しい。そんな思いで日々学生に接しています。
ChatGPTとの関わり方:新しい技術を工夫する遊び心を持とう
今、ChatGPTなど生成系AIを始め、情報科学の分野もどんどん進化を遂げています。学生がChatGPTを研究や勉強に使うことを禁止する学校もありますが、私個人としては、当人の使い方次第だと考えています。例えば、ChatGPTに課題レポートを書かせてその勉強をさぼれば、さぼった分いつか自分にそのしっぺ返しが来る。でも、書きたい内容や土台となる知識はあったうえで、ChatGPTとの対話を通じて自分の考えを整理するような活用には賛成です。いずれにしても、ChatGPTの出す情報が正しいものなのか、自分の研究や課題にどう反映すべきかなど、深層的に考えて判断する力は必須です。
生成系AIの出現以前の話ではありますが、スマートフォンが普及したことで現代の人は情報過多になっており、与えられた情報を深く考えずに受け入れてしまう傾向があるように感じます。便利で新しいツールを効果的に使いこなすためにも、書籍をはじめとする様々な情報のソースに触れて、知識とともに「相対的に深く考える力」を養う必要があるのではないでしょうか。そのうえで、新しいシステムや道具をもとに、自分の勉強や課題をどう価値高いものに変えていくか、工夫する“遊び心”を持っていてほしいですね。
AIの有用性を超えて:非機能の追求
今後私が研究したいと考えていることは「AIの非機能を制御する技術」です。文章や画像の生成とか、画像の分類や検出といったAIの機能に対して、それらの速さや正確さ、信頼性といった、機能以外の性質が非機能です。
例えば、人間は試験で制限時間50分を与えられたら、問題全体を見て、得意な問題から取り掛かろうとか、ここには時間をかけようとか、調整ができますよね。でもAIはそれができない。AIは、何分かかろうと、与えられた問題を上から順番にダーッと全力でとりかかることになります。途中で時間切れになってしまうかもしれません。人間は、50分という時間、つまり速さに関する要求に基づいて、自分を制御できるのです。
ブラウザを開いたときに動画を自動再生したい、というのが機能要件だとしたら、例えば動画の再生はスムーズにしたい、視聴者である自分のプライバシーを漏らしたくない、というのが非機能要求です。そうした非機能要求をブラウザが満たしていることで、安心してWEBサイトを閲覧できますよね。
AIも、人間の非機能要求に基づいて自らの機能を制御できないと、世の中にうまく浸透していくことができません。文書や画像などの分類、生成など様々なことができるAIは、ただ単に高機能であるだけでなく、精度や信頼性、効率性などさまざまな非機能要求を柔軟に満たすことで、より実社会で役に立つ技術につながると思います。