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「シンギュラリティはまもなくやってくる」AI時代の社会を生き抜く知恵とは(慶應義塾大学 中澤仁教授インタビュー)
AI時代の社会を生き抜く知恵とは
慶應義塾大学環境情報学部
中澤仁(なかざわ・じん)教授
1998年に慶應義塾大学総合政策学部卒、2003年に博士(政策・メディア)取得。2004年にはGeorgia Institute of
TechnologyでVisiting
Scholarとして活動。2013年以降は慶應義塾大学環境情報学部で教授を務める。街の隠れた情報の採集をライフワークとし、ユビキタス・モバイルコンピューティングやスマートシティの研究を行う。ACM IMWUT
Associate Editor、情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム研究会主査など、多数の学術団体での役職・編集委員を務める。
技術の進化の行く先―『マトリックス』『ターミネーター』SFの技術は実現できる
近年、生成系AIをはじめとする様々な情報技術が進化する中で、機械の知能が人間を超える「シンギュラリティ」が話題になっています。シンギュラリティがいつ起こるのか、そもそも可能なのか―活発に議論されていますが、私は理屈上、可能だと考えています。 結局のところ、私たちの脳もコンピュータと同じ「電気信号」で動いているのです。例えば文章生成AIのChatGPTの構造は、脳内のニューロン構造を模した仕組み※1で動いています。そのため、脳の性能と同じように、コンピュータが学習し、知識を増やし成長していくという事象は起こりえるのではないかと考えています。
そう考えると、例えば機械が人間の思惑を超えて自己成長する、SF映画の『ターミネーター』や『マトリックス』のような世界観も実現可能だと言えます。ああいった技術革新が「遠い未来」ではなくなっていると言えるでしょう。ただ、コンピュータがランダムな発想計算とか、全く新しい思い付きなどを自発的にできるようになるかというと、それに関してはクエスチョンですね。何かしら、人間にとっての外界等からの刺激に相当するものを、コンピュータに与えることができるといいのかもしれません。人間は「痛い」「臭い」「お腹が空いた」など、様々な刺激をもとに着想していますから。
余談ですが、漫画『ゴルゴ13』にも「ジーザス」という自分の意志で動き、成長するプログラムが1993年に出てきます。話としても面白いエピソードですが、着目すべきは、そもそも深層学習※2や生成系AIといった概念がない時代に描かれている、ということ。その当時のAIというのは特定分野の知識をもとに動作するのみであり、現在のChatGPTのような自らコンテンツを生み出せる生成系AIは夢の技術でした。技術の発展を予見する先人の発想力と、SF作品の奥深さに感嘆するのみです。
※1:脳内のニューロン構造を模した仕組み…「ニューラルネットワーク」と呼ばれる人間の脳の神経回路(ニューロン)を数式モデルにした技術。
※2:深層学習(ディープラーニング)…「ニューラルネットワーク」を用いて、データから高度な表現や特徴を自動的に学習する方法。多層の「ニューラルネットワーク」を通じて入力データから抽象的な特徴を抽出することにより、精度の高い分析が可能になる。
ChatGPTとこれまでのAIは何が違う?
ChatGPTがこれまでのAIと最も違う点として、一つ目は「巨大化」が挙げられます。AIの分野において欠かせない技術である深層学習は、「ニューラルネットワーク」という技術を基盤にしています。この「ニューラルネットワーク」の概念は、20世紀から存在していたんですね。しかしその時代のコンピュータは、現在のような高度な計算を行う能力に欠けていたため、ひとにぎりのニューロンでしか実現できませんでした。それが21世紀に入って、コンピュータの計算能力が飛躍的に向上した結果、今では1000億単位のニューロンでネットワークを構成して、巨大な計算を行えるようになりました。概念に技術が追いついて、高度なAIが登場する土壌が整った、ということですね。
二つ目は、「記号レベル」ではなく、より深い「概念レベル」での計算を実現している点。従来のAIには「エキスパートシステム※3」というものが存在していました。これは、特定の専門知識を文字として計算するため、あいまいな表現やニュアンスを扱うことが困難でした。しかし、ChatGPTのような最新のAIは、この記号ベースの計算を一歩進め、大量の文書や画像、音声などのデータから、概念を獲得する計算を実現しています。そして、この概念の空間から再び具体的な言語や画像、音声などへ変換する能力を持っています。前半の概念獲得プロセスを「学習」、後半の変換プロセスを「生成」と称し、これらがいわゆる生成系AIの多様な表現能力の源泉となっているんです。
※3:エキスパートシステム…特定の専門知識を持つ専門家の判断をコンピュータプログラムとしてモデル化したもの。決められたルールやロジックに基づいて専門家の知識を模倣し、推論や意思決定を行う。
ChatGPTをはじめとする生成系AIとうまく付き合っていくために必要な力は?
「知識、考える力、判断する力」だと思います。AIを活用すれば、仕事や日常が楽になることは間違いないと思います。ただ、楽をしすぎると、その代償は必ず自分に跳ね返ってきます。 例えば、レポートを書く際にChatGPTにネタや構成のアドバイスを求めること自体は悪くないんですよ。ただ、提供されたアドバイスをそのまま全て鵜呑みにすることが危険なんです。AIが提供した間違った情報に気づかず、表層的な理解に留まり、自分の成長の機会を逸してしまうのはやはり損ですよね。 一方、既に自身の知識として持っている情報をChatGPTに言語化して引き出してもらう、というか思い出させてもらうのは、正誤の判断ができるので有効だと思います。AIの助けを借りる際は、その背景知識を十分に持ち、自身で考えた上で判断するようにしましょう。
新しい技術を使いこなす『遊び心』を持つ
今や生成系AIは、ChatGPTのように文章を作成できるものだけでなく、画像、音楽、動画など多様なコンテンツやデータを生成できるものが生まれています。中でも私が研究に取り入れているのは、画像の生成系AIです。具体的には、動画から違法行為を見つけ出すシステムの開発に使用しています。
このシステムの開発のためには、目的とする違法行為を画像として大量に獲得し、AIに学習させなければなりません。しかし、例えば信号無視とか窃盗とか、違法行為の画像を実際に収集することは困難ですし、自分でやって録画するのは文字通り違法ですよね。そこで、例えば信号無視の場合、まずドライブレコーダーによる青信号通行の画像を収集し、それを画像生成系AIで赤信号に変え、またAIに学習させるんです。生成系AIの能力により、実世界で稀にしか見られないような事象もシミュレートできるようになったということです。このことで、未来の危険やその予測を事前に検知することが可能になったともいえます。
このように、新しい技術や知識を用いて探究を進めていく際、大切なのは『遊び心』を持つことだと思います。「どのように工夫してやろうか」「どう遊ぼうか」と楽しみながらやることです。自分が楽しくなる、ということは、新しいことをするときの大きな動機になって、能動的に行動する力が身につきます。たくさんの人たちが新しいことを楽しみながらやることの繰り返しで、さらに新たな技術が発展していくのです。
高校生に持ってほしい、今後の時間感覚
冒頭でもお話ししましたが、シンギュラリティはもう間もなく訪れるのではないかと思っています。技術の進化というのはすさまじくて、今でこそChatGPTは言葉を話せますが、数年前、「深層学習」という言葉が一般化した当時には、考えられない技術でした。それが今、一般の人にも広く使用されているわけですから、さらに5年後には今とは比べものにならないぐらい進化したAIが登場していると思います。
さらに先を見据えると、今の高校生が社会の中心になるおよそ25年後には何が起こるのか―。25年前のことを考えると、当時最も高速で優れていたスーパーコンピュータは、今のスマホと大体同じか、それ以下の性能です。そう考えると、今から25年後、高校生の皆さんが40歳になるころには、現代のスーパーコンピュータである「富岳※4」が皆さんの手のひらで動いているかもしれません。25年先から今を見ると、ChatGPTのような大規模なプログラムでもまだまだ未熟な技術と言えるでしょう。今の若い人には、それぐらいの時間感覚を思って欲しいですね。
これからの時代は、どの分野でも等しく変革が起きます。18世紀に起きた産業革命では、蒸気機関ができて、様々なものが工場で機械の力で生産されるようになり、その結果、色んな業種が転換を迫られました。それと似たようなことが、生成系AIによって起きるでしょう。その革命をより良く起こせた国が、次の経済的な覇権を握ると予想できます。
そう考えると、これから先は、どの国で働くとしても「AIリテラシー」は必須ですね。AIというものは「何で」「何ができて」「何ができないのか」を知ったうえで、どんどん生まれる新たな技術を楽しむ気持ちがあれば、どんな国でも生きていけると思います。
※4:富岳…理学研究所と富士通が共同開発した、世界最先端のスーパーコンピュータの一つ。計算速度を競う世界ランキングでは2020年6月以来4期連続で1位を獲得している。
高校生へひとこと
すぐれたSF作品には、技術の発展を予見しているような表現が見られます。まずは、映画『マトリックス』『ターミネーター』を見て、漫画『ゴルゴ13』第321話「15-34」を読んでみましょう。過去のSF作品は、高確率で現代ではノンフィクションになっていることがわかると思います。先人たちの教えをもとに、豊かな教養と「遊び心」を備え、人のためになるような新たな技術を考えられる人材になってほしいですね。